ジェニファーが述べた症状から、内分泌腺疾患に罹っている間、彼女がまったく自分らしくない気分や感情の不快な乱れを経験してきたのは明らかです。
ジェニファーは最近次のようなことを話してくれました。 |
新しいT4/T3治療を始める前、いつも生涯ずっとこんな風なんだろうか?と思っていました。でも、薬を飲み始めてからというもの、雲が晴れました。また物事を頭の中で、いつも通り、素早く処理できるようになりました。そうですね、私の症状の95%はよくなりました。手足のジンジンした痛みも前ほどひどくはありません。また、以前よりむくまないようになりました。エネルギーも増しました。仕事にも戻りました。外向的になり、物事を明るく考えるようになりました。やっと自分自身を取り戻しつつあります。本当に具合がよく、希望が持てるようになったんです。 |
|
私が甲状腺疾患の分野で働き始めた時、不活発な甲状腺のある患者の治療における私の目標は、血液中の甲状腺ホルモンと甲状腺機能を司る脳下垂体ホルモンであるTSHのレベルを正常にし、それを維持することでした。私はまだ、この目標を達成したのに疲れや皮膚の乾燥、働けないこと、またそれ以外の症状を訴え続ける数え切れないほどの患者に直面した日々のことを覚えています。私はその訴えに対し、激しい調子で「その問題は甲状腺が原因ではありません」と答えていました。私はこれらのしつこい症状を不思議に思いましたが、自分ではちゃんとやるべきことはやったのだと考えていたのです。私は他に病気があるかさがしてみたのですが、ほとんどは無駄でした。私のいらだたしさはつのるばかりでした。そして、私は甲状腺機能低下症患者が私に期待していることにちゃんと答えたり、治療したりするだけの力がないのだと思ったのです。 |
その当時、医師が過剰な甲状腺ホルモンで治療を受けている人に起こる骨喪失や骨粗鬆症を心配し始めていました。初期の治療では、乾燥した動物の甲状腺を使っていました。それは天然のもので、両方の甲状腺ホルモン(T4とT3)を含んでいましたが、その成分が安定したレベルに達するほど、人間の化学物質と近いものではなかったのです(2)。その結果、T3の血中レベルがヒトの正常な血液中のレベルのパターンよりはるかに高くなることがしばしば起こりました。そのような患者は、著しい骨喪失を起こす危険にも曝されていたのです。当時の多くの医師がしたように、私も甲状腺機能低下症の最新治療に可能な限り切り替えました。これらの患者に乾燥甲状腺を止めさせ、合成T4に変えたのです。 |
驚いたことに、これで何もかもうまくいくことはめったになかったのです。天然のT4/T3の錠剤からT4の錠剤に変えてしまうと、患者は倦怠感や記憶力減退、集中力低下、そしてどこそこが悪いという症状を山程訴えたのです。血液中の甲状腺ホルモンとTSHのレベルが正常になったのにもかかわらず、そのようなことが起きたのです。実際のところ、私が患者にレボサイロキシンを飲み続けることを納得してもらえることはめったにありませんでした。皆が前飲んでいた錠剤に戻して欲しいと思っていたのです。 |
これらの観察所見から、私はすぐに不活発な甲状腺のある多くの患者では、T4/T3の併用療法が何らかの形の役割を果たしているに違いないということに気付いたのです。これは多くの医師が甲状腺機能低下症患者に乾燥甲状腺を処方し続けている理由ではないのでしょうか。これはリオトリックスのような合成T4とT3の合剤が長年にわたって製造されている理由ではないのでしょうか。しかし、これらの合剤は1970年代以降は、ほとんど使われておりません。これは主に血液中のT3レベルが異常に上がるためでもあります。レボサイロキシンで治療を受けた患者にないものは、少量ですがちょうどよい量、人間の甲状腺が作り出すのに近い量のT3です。 |
甲状腺機能低下症の治療にT3を加えることは、体や精神がこのいちばん効力の高い形の甲状腺ホルモンに依存しているため、効果があるのです。また、T3は脳細胞の中で作用する主要なホルモンの形でもあるのです。したがって、ほんのわずかなT3の欠乏であっても、その人の機能を損なう恐れがあります。この欠乏は甲状腺ホルモン補充療法でレボサイロキシンを飲んでいる多くの患者に存在していると思われます。しかし、ほんのちょっとT3が足りなくても症状が出ない人もいるのに、別の人では何らかの影響が出る場合があるというのも本当です。 |
製薬会社はこの2つのホルモンの合剤を作ろうとしてきましたが、まだ自然のものと同じものは出来ていません。ヒトでは、体が必要とするT3のうち20%は、直接甲状腺が作りだしています。正しい補充量は通常、脳下垂体が感知し、放出するもの(TSH)をモニターすることで判断されます。しかし、体内の甲状腺ホルモンの複雑な化学作用や制御機構についての理解が進むにつれ、脳下垂体や脳、そして他の臓器内での制御機構が幾分違うということがわかってきました。T4だけを与えることによって、医師は体内の甲状腺ホルモンレベルを正常にすることができると思われていました。でも、これはすべてのケースに当てはまるわけではないことが判明したのです。TSHを正常にするために、患者にT4だけを与えることにより、一部の人では、正常な場合は甲状腺から出る少量のT3がまだ足りないということになります。血液検査の結果が正常であり、臓器内でのT4からT3への転換を考慮に入れたとしても、T3の欠乏による何らかの形の脳内あるいは“全身的”な甲状腺機能低下症がまだ存在する可能性があります。正常なTSHレベルであるからといって、かならずしも脳や臓器が正しい量のT3を受け取っているとは限らないのです。明らかに、私が診ている甲状腺機能低下症患者の脳や体に足りないものをはっきりさせることが最大の関心事となりました。 |
私は、T3が抗うつ剤として作用することは知っていましたが、精神科医が従来使っていた量は生理学的な補充量をはるかに超えるものでした(<第6章>参照)。私は、治療を受けた甲状腺機能低下症患者にいつまでも続く苦しみには、2つの種類のうちどちらかであることが多いということも知っていました。多くの人は低代謝の症状に悩まされ続けます。そのような人はなかなかやせず、また脱毛や皮膚の乾燥、爪がもろくなること、筋肉のつりなど様々な身体的症状を訴えます。多くの人が程度の差こそあれうつ病に罹っています。これもおそらく脳内のT3がいくぶん低いためと思われます。ある程度までは、<第16章>で述べた長引く甲状腺ホルモンバランスの乱れの影響は、脳内のわずかなT3欠乏とは無関係であると思われます。 |
この一連の考え方により、T4治療を必要とするすべての患者、ジェニファーのようなバセドウ病患者や他の甲状腺の病気で甲状腺を手術で取ってしまった患者までをも同じ傘の元に入れることになったのです。治療の目的は、正常に機能するために脳や体が必要とするT3の量にできるだけ近付けることです。 |
T4と組み合わせるT3の正しい量を捜している間に、いちばん症状を軽くするのに必要な合成T3の量は、平均的な人で10マイクログラムであることがわかりました。この量は、実際にほとんどの人で正常な甲状腺が毎日作り出している量(6〜10マイクログラム)にきわめて近いものです。このプロトコールでは、患者をまずサイロキシンで治療します。患者の血中TSHレベルが正常になり、そこで安定するようになってから、サイロキシンを最初の量から37〜38マイクログラム減らして、その分を10マイクログラム(mcg)のT3に置き換えます。T3(商品名:サイトメル)は1日2回に分けて飲むようにします(朝に5マイクログラムのT3を新たに量を変えたサイロキシンと一緒に飲み、午後2時にまた5マイクログラム飲みます)。次の表に、私が自分のプロトコールで使っているいちばん普通の切り替えかたを載せています。 |
【表】 |
初めのサイロキシンの量
(マイクログラム) |
サイトメル(5mcgを1日2回)と
一緒に飲むサイロキシンの新しい量
(マイクログラム) |
88 |
50 |
100 |
62.5 |
112 |
75 |
125 |
88 |
137 |
100 |
150 |
112 |
|
|
|
ジェニファーを例に挙げますと、彼女は最初100マイクログラムのサイロキシンを飲んでいました。彼女の具合に著しい改善を見た新しい治療法では、サイロキシン62.5マイクログラム(125マイクログラム錠の半分)と5マイクログラムのサイトメルを1日2回飲んでいます。 |
この治療の組み合わせにより、甲状腺ホルモンレベルとTSHレベルのどちらも正常で安定した状態に保てるようになりました。苦しみ続けている人を治療するこの方法は、正常な甲状腺が体と脳に与えるものを厳密に真似ています。この変換を行ってから数週間後に再検査をしてみると、大抵の場合、脳下垂体由来のホルモンであるTSHを含むすべてのレベルが正常になっており、T3が異常なレベルに達することはありません。再検査を受ける時は、甲状腺ホルモン剤の朝飲む分を飲んでから2〜3時間後にT3とTSHのレベルを測ってもらうようにしなければなりません。 |
合成T3は、10マイクログラムの用量で、ほとんどの患者に、高用量のサイロキシンが必要な患者にさえも好ましい効果を上げることができます。ほんの時たまですが、最初に175マイクログラム以上のサイロキシンを必要とする患者では、10マイクログラムのT3を飲んでいても症状が続く場合、もっと高い用量のT3(例えば、5マイクログラムを1日3回)が必要になります。 |