現在バセドウ病の治療には、主に次の3つの方法が使われています。抗甲状腺剤の投与、放射性ヨードで甲状腺のかなりの部分を破壊する方法、および手術で甲状腺のかなりの部分を取り除いてしまう方法です。これは、この病気の原因よりもむしろ結果に対処する方法です。 |
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医師が正常な甲状腺ホルモンレベルの維持のため、そしてできれば寛解してくれることを願ってメチマゾールやPTUのような抗甲状腺剤を6ヶ月から2年間(平均1年間)処方することがあります(数ヶ月治療した後で寛解したならば、正常な甲状腺ホルモンとTSHレベルの維持のためそれ以上薬を飲む必要がありません)。抗甲状腺剤は甲状腺に取り込まれ、そこで甲状腺ホルモンの産生を妨げます。この薬には免疫系への作用もあり、甲状腺への自己免疫攻撃を弱めます。一般的に、この類の薬のどれか一つを少なくとも6ヶ月から1年飲むと、30%から50%の患者は寛解します(14)。出産可能年齢にある女性で、軽度の甲状腺機能亢進症と小さな甲状腺腫のある人は、このタイプの治療によく反応します。 |
メチマゾール<注釈:メルカゾール>は体内に長く留まるので、1日に30ミリグラム以下しか必要としない場合は、1日1回飲むだけですみます。一方、PTUは1日3〜4回飲む必要があります。どちらの薬であれ、経験を積んだ医師であれば、大抵は治療を続けている間甲状腺の機能を正常範囲に維持できるものです。 |
いくつかちょっとした副作用が治療中に起こることがあります。多くは自然にあるいは患者が他の薬に切り替えると治ります。一部の例で、そのような症状がいつまでも続き、薬を止めなければならない場合があります。副作用には次のようなものがあります。 |
- かゆみ
- 皮膚の発疹
- 蕁麻疹
- 関節痛
- 発熱
- 胃腸障害
- 金属の味
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抗甲状腺剤の副作用の一つで、しばしば患者を悩ますものは、無顆粒球症です。これは骨髄の反応で、突然白血球を作るのが止まってしまいます。この恐ろしい合併症は、治療の最初の3ヶ月に起こることが多いのですが、非常に希なので、要らぬ心配はしないようにしてください。ある研究で、毎年この薬で治療を受けた人10,000人あたり3人にしかこの合併症が起きていないということが示されています(16)<注釈:この論文だけ、頻度が異常に低いです。他のすべての研究では、無顆粒球症は1000人で3〜4人です。こちらの方が正しいです。引用文献が不適切です>。医師は普通、白血球数をモニターしませんが、治療中は甲状腺の検査を受ける度に白血球数を調べてもらうようにした方が安全でしょう。喉の痛みや口内炎、あるいは感染が起きた場合は、そのことを医師に知らせ、白血球数を調べてもらうようにしなければなりません。白血球数が下がっていると敗血症になることがあります。大抵の場合、医師は病室に隔離し、抗生物質や白血球数を適切なレベルに上げる薬で治療するように勧めます<注釈:白血球数だけでは不十分です。白血球の一種の顆粒球数も同時に測るべきです。白血球数が正常の無顆粒球症があります>。 |
肝障害も、抗甲状腺剤のもう一つの希な合併症です。これは重篤なことが多く、やはり治療の最初の3ヶ月間に起こりやすいのです。この理由から、医師は定期的に肝臓の検査を行うのが普通です。肝臓の検査で異常が見られたら、直ちに薬を止めなければなりません。 |
希ではありますが、それ以外の抗甲状腺剤の深刻な副作用には次のようなものがあります。 |
- 骨髄での赤血球、白血球、血小板産生の抑制(再生不良性貧血)
- 血小板減少症
- 狼瘡(SLE)と同じような症状を起す血管の炎症(脈管炎)
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薬に対する耐性が高ければ、望んでいる寛解のチャンスを得るために、少なくとも8から12ヶ月間、薬を飲み続ける必要があります。治療中は、2ヶ月毎に再検査を受け(TSHだけでなく、遊離サイロキシン指数とT3もチェックする)、用量を合わせる必要があります。通常は、投薬の必要性が減り、病気の活動性が落ちてくるにつれ、用量を少しずつ減らしていきます。治療の終わり頃に、ほとんどの医師が薬がなくても正常なままであるかを見るため、突然薬を中止します。メチマゾールに関しては、私は大体、薬を中止する前に最初1日あたり5ミリグラムの量になるまで1日5ミリグラムずつ薬の量を減らしていき、次に1日おきに5ミリグラムの量に落とし、それから5ミリグラムを週2回飲むようにします(水曜日と日曜日)。少なくとも2ヶ月間、5ミリグラムを週2回飲んでいる間にTSHが正常に維持されている場合のみ、薬を中止すべきです。もしTSHが正常でなければ、また甲状腺機能亢進症が起こることがあり、悪循環が再発する可能性があります。甲状腺ホルモンレベルは正常であっても、TSHレベルが低い場合、甲状腺がまだ薬を必要としていることを意味します。このような場合、再び正常なレベルにするためには、薬の量を増やす必要があります。この時点で、別の治療法に進んでもよいし、あるいは薬を止める前にもう6ヶ月薬を続けてもよいのです。 |
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もう一つの治療法は、放射性ヨードで甲状腺の相当の部分を破壊するものです。この方法は簡単です。少量の放射性ヨードの飲み薬を与えられます。その量は一定(10〜20ミリキュリー)であるか、甲状腺のサイズと放射性ヨード取り込み試験(第14章参照)を行ってわかった甲状腺の活動性のレベルを元にして決められるかのどちらかです。この方法は、中毒性結節や多結節性中毒性甲状腺腫に好んで使われるタイプの治療です。医師は、この方法が嚥下困難を含む首の圧迫症状を起している非中毒性甲状腺腫の治療にも有効であることを見出しました(17)。バセドウ病患者に対しては、薬では寛解する可能性がないか、薬の副作用が出た場合にこの方法を選ぶようにすべきです。医師は男性や55歳以上の人にこの方法を多く勧めます。 |
また、バセドウ病に薬を1〜2年使った後で、まだ甲状腺が活動し過ぎである場合にも医師が放射性ヨード治療を勧めることがよくあります。一般的に、薬で寛解した後や、一連の薬の治療を終えた後何ヶ月か、何年か経って再び甲状腺が活動し過ぎになる場合にこの方法が使われます。 |
最初から放射性ヨードが選択された場合でも、一部の医師は放射性ヨード治療の前に2ヶ月間抗甲状腺剤を処方し、まず甲状腺ホルモンレベルを正常に下げるようにします。私はいちばん最後の方法を選ぶことが多いのですが、こうすると患者は感情的にも身体的にも改善し、病気や治療の選択肢についてもっといろいろ学ぶ時間がとれるからです。最初に薬を使えば、甲状腺が薬に反応しやすい状態であるかどうかを確かめることもできます。 |
大抵の場合、これで甲状腺機能亢進症から重症の甲状腺機能低下症への急速な移行が予防されます。放射性ヨード治療の2日から5日前に抗甲状腺剤を止め、治療の3日から5日後にもっと少ない量からまた始めるように言われます。飲んでいた薬がPTUであった場合、放射性ヨード治療の3週間から4週間前にタパゾールィに切り替えてあるか確かめてください。最近の研究で、PTU治療が甲状腺の放射性ヨード治療への抵抗性を増すという結論が出たからです(18)。 |
放射性ヨード治療の目的は、残った組織が甲状腺ホルモンを過剰に作らないよう十分な量の甲状腺組織を破壊することです。組織の破壊は治療後何日かの内に始まり、数年にわたって続く場合もあります。多くの患者は放射性ヨードが速やかに甲状腺全部を破壊すると思い込んでおりますが、実際は一部しか破壊されません。事実、破壊される甲状腺の量は人により様々に異なりますが、これは甲状腺の放射性ヨードの破壊効果に対する感受性のレベルが異なるからです。 |
アメリカでは多くの医師がこの方法を好んでおりますが、それは安全で効果が高いからです。ヨーロッパの多くの国と日本では、医師が薬をまず試す方を好みます。放射性ヨード治療は1回では十分でないことがあります。放射性ヨードで治療を受けた患者のほぼ30%近くが1回以上の再治療を必要とします。そして、この方法で治療を受けた人の大多数が時間が経つと甲状腺機能低下症になります。治療後数年で、放射性ヨードで治療を受けた人の70%が永久的な甲状腺機能低下症になります。ごく希に放射性ヨードで治療を受けた後何年も経ってから再び甲状腺機能亢進症になる人がいます(19)。 |
この方法は妊娠中に使ってはなりません。女性で、妊娠可能年齢である場合、医師はこの治療を行う前に妊娠検査を行うのが普通です。この治療法は、中等度から重度の眼症がある人では、目の状態が落ち着くまで避けるようにしなければなりません。この治療で患者の15%に眼症が起きたり、悪化することがあるからです。この理由から、一部の医師は放射性ヨード治療を行った後、数週間プレドニゾン(目の筋肉の炎症を抑える副腎皮質ホルモン剤)を処方しますが、これにより眼症の発生率が減少する可能性があります。最近イギリスとウェールズで行われた研究で、放射性ヨードによる治療を受けたバセドウ病患者の死亡率がそれ以外の集団より高いということが示されました(20)。しかし、その死亡率増加は治療と関連したものではなく、むしろ甲状腺機能亢進症が骨粗鬆症や心臓病などの他の病気の副作用をどの程度ひどくしたかということに関連しているようです。 |
多くの人は、放射性ヨード治療の選択肢について話を聞いた時、長期的に健康への悪影響が起きるのではないかと心配します。この治療が甲状腺癌や白血病を引き起こすという科学的証拠は今までのところありません。しかし、胃癌や咽頭喉頭部癌、あるいは食道癌のリスクが増すということについては論議があります。例えば、最近行われたある研究では、治療後に胃癌の発生率が、特に若い人で増加する可能性があるという結論が出されています(21)。このような懸念については、まだ十分な意見の一致が得られていないため、子供や思春期の患者に対してはまず薬で治療し、放射性ヨード治療は最後の手段とみなすのが安全であると思われます。 |
以前放射性ヨードで治療を受けた女性から生まれた子供に、遺伝的欠陥が起きるリスクが著しく増えるということはありません。それでも、放射性ヨードで治療を受けた場合は、治療後6ヶ月以内の妊娠を避けるようにしてください。妊娠可能年齢にある間に放射性ヨード治療を受けたことで、将来の世代に何らかの遺伝的影響、あるいは発癌性に対する影響があるのかどうかについては不明です。 |
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甲状腺の相当な部分を手術で取り除く方法(甲状腺亜全摘術)は特別な状況でないかぎり、アメリカではあまり使われておりません。例えば、放射性ヨードを使わない方法を選んだ患者や、薬に対する反応が出た患者、あるいは非常に大きく甲状腺が肥大しており、眼症が懸念される患者に対しては、甲状腺の一部を手術で取る方法が選択肢となり得るものです。甲状腺性眼症に罹っている人の一部で、甲状腺を完全に取り除くと症状の一部がよくなる場合があります。手術のもう一つの利点は、症状をすぐにコントロールできるということです。しかし、手術のために生じることのある甲状腺クリーゼのような合併症を避けるため、患者は手術の前に薬で治療を受けなければなりませんん(22)。 |
私は、薬に反応しない、あるいは薬に対する耐性がない子供や思春期の青少年に手術を勧めることが多いのです。大抵の場合、手術で病気が治り、甲状腺ホルモンレベルの変動とその気分や行動に対する悪影響を防ぐことになります。薬で治療を受けている妊婦で、重大な副作用が出た人は、妊娠中に手術で治療ができます。 |
手術を受けることに決めた場合は、甲状腺の手術を続けてきて、経験を積んでいることがはっきりしている医師を選んでください。これはとても大事なことです。なぜなら、甲状腺を手術で取ると声が出なくなったり、副甲状腺(カルシウム代謝をコントロールする甲状腺の真後ろにある4個の小さな内分泌腺)を傷つけて低カルシウムの問題が生じることがあるからです。いちばんよい結果を得るために、過去2年から3年の間に少なくとも年10例から15例の甲状腺の手術を行った外科医を選んでください。医師の実績を尋ねるようにしてください。バセドウ病患者に対して取られる方法は甲状腺亜全摘術ですが、中には眼症のある人に対して目の病気に効果があるよう甲状腺全摘術を勧める医師もおります。しかし、甲状腺全摘術では低カルシウム症や神経の損傷のような合併症を起す可能性が高くなります。またこの事も覚えておく必要がありますが、甲状腺亜全摘術を受けた人のほぼ30%で、将来再び甲状腺の活動し過ぎが起こってきます。もしそのようなことが起きたら、放射性ヨード治療が最良の方法となります。すぐに妊娠を予定している場合は、手術がいちばんよい方法となります。 |
甲状腺ホルモン不応症の人(甲状腺ホルモンレベルが高く、TSHは正常もしくは高い)の多くは、バセドウ病による活動し過ぎの甲状腺であると誤診され、不必要な甲状腺亜全摘術を受けていると思われます(23)。しかし、そのような手術は有害であり、患者の健康を将来的に損なう可能性があります。 |