私達の健康は、3つの主要システムの監視下にあります。脳、内分泌系、そして免疫系です(これを健康の三本柱と言います)。これら3つのシステムは、常に相互に作用しあいながら、私達の精神的または身体的健康を脅かしたり、妨げたりするものが環境内にあれば、それと私達が適切に反応したり、闘ったりできるようにしています。これら3つのシステムの相互作用は非常に緊密なので、時には、1つのシステムだけの障害が、最終的にこの健康の三本柱の他の2つの機能まで変化させてしまうことがあります。 |
内分泌病専門医として、人間の生理学の最大かつもっとも重要な部分を司る主要な器官を専門としていることに優越感を感じます。内分泌系は絶えず私達の健康のほとんどの面に影響を与えています。 |
内分泌系の機能障害による疲労に苦しんでいる数え切れないほどの患者は、血液検査をしさえすれば、その苦しみの源がすぐにみつかったでしょうに、助けを求めて医師から医師へと渡り歩きます。 |
甲状腺ホルモンバランスの乱れが、内分泌腺の病気に関連した疲労の最大の原因であることは疑いありませんが、脳下垂体のホルモン欠乏や副腎のホルモンも考慮しなくてはなりません。いずれにせよ何らかの形で、ほとんどのホルモンが体のエネルギーレベルを制御しているのです。これらは化学物質であり、ほとんどの重要臓器に分散し、体内の細胞の基本的な機能を監督します。内分泌腺の機能障害の一般的な例では、極端な疲労や消耗は副腎皮質ホルモンの欠乏、つまりアジソン病によって起こります。ほぼ70%のケースで、この病気が副腎への自己免疫攻撃のために起こっています。副腎で起こる攻撃と破壊のプロセスは、やはり自己免疫疾患であり、甲状腺機能低下症の最大の原因である慢性甲状腺炎を思わせるものです。事実、慢性甲状腺炎やバセドウ病を含む自己免疫性疾患に罹っている人は、アジソン病にも罹りやすい傾向があり、また逆のことも起こります。 |
病気とコルチゾルの欠乏が危険なレベルまで進んでからやっと、医師がアジソン病の診断を下すことがよくあります。最近、私は2年間で20ポンド(9キロ)近くやせてしまった42歳の女性を診ましたが、ひどい疲労と消耗のため、衰弱しておりました。筋力低下と食欲喪失があまりにもはなはだしいので、今までに10人もの医師の診察を受けておりました。うつ病の診断を下した者もいるし、慢性疲労症候群(CFS)あるいは食物アレルギーの診断を下した者もおりました。彼女の謎は、副腎ホルモンの欠乏のためであることが判明しました。これも抑うつ状態を引き起こします。私は彼女にハイドロコーチゾンの治療を行い、彼女の疲労と他の症状は翌月にはよくなりました。 |
脳下垂体は、甲状腺や副腎、および生殖腺を含むほとんどの内分泌腺をコントロールしている主内分泌腺ですが、脳とここがコントロールしている内分泌腺の両方からメッセージを受け取ります。脳下垂体は、頭蓋骨の底のところにある小さな凹みの中に隠れたちっぽけな腺ですが、体機能の様々な面に甚大な影響を及ぼします。例えばこの腺が腫瘍や突然血液供給を断たれる(これは大出血の際に起こることがあります)ことにより破壊されるようなことがあると、脳下垂体機能不全症、脳下垂体が作り出すホルモンの欠乏に苦しみ始めることになります。脳下垂体機能不全の結果起こる幅広い影響の中には、不活発な甲状腺、不活発な副腎、性ホルモン欠乏、および成長ホルモン欠乏があります。最終的には、疲労やうつ病、低血圧などを含む多岐にわたる症状が起こります。成長ホルモンは子供の成長を促しますが(幼小児期に成長ホルモンが欠乏すると小人症になります)、大人での成長ホルモン欠乏は最近まで健康に影響しないと考えられていました。しかし、最近行われた研究では、成長ホルモンの欠乏が原因で、疲労や運動能力の低下、筋力低下、認知障害、軽いうつ病、および筋量減少が起こることが示されました(3)。 |
別の研究では、一部の患者で、脳下垂体機能障害による成長ホルモン欠乏が線維性筋痛(4)の原因であり得るという結論が出ました。この病気は衰弱を招くようなひどい疲労と数多くの身体的、感情的症状を引き起こします。正常な場合には成長ホルモンの影響を受け、肝臓で作り出される化学物質であるインスリン様成長因子(IGF-1)のレベルがこれらの患者では低いことが分かりました。インスリン様成長因子(IGF-1)は成長ホルモンを機能させるようにするものです。この研究では、成長ホルモン欠乏が線維性筋痛の全症例の3分の1を占めている可能性があることが示されました。 |
甲状腺ホルモンバランスの乱れや成長ホルモンの欠乏のような内分泌系の機能障害が起こると、健康の三本柱の他の2つの部分(脳と免疫系)に悪影響が出るのはまず避けられません。例えば、甲状腺ホルモンバランスの乱れ、または脳下垂体機能不全症のある人は、うつ状態になったり、ストレスに圧倒されてしまうことがあります。うつ病は免疫系を弱め、感染症が起こります。うつ病と感染症のため、さらに疲労がひどくなります。 |
このように一つのシステムが他のシステムに影響し、それにより疲労が悪化する段階的連鎖反応は、広い範囲に影響を及ぼします。まず、すでに体の他のシステムも関わっているので、医師が病気の源として内分泌系を考える可能性が減ります。2番目に、もし疲労を起こす病気が1つ以上ある場合、どちらの病気の症状もますますエスカレートし、片方の病気が見逃されるようになる可能性が非常に高くなります。最後に、症状のエスカレートが一部の患者では極端なところまで行くことがあり、結局、慢性うつ病や線維性筋痛、また慢性疲労症候群に苦しむはめになる場合があります。 |
線維性筋痛または慢性疲労症候群と診断され、後で甲状腺機能低下症であることが分かった多くの患者が、2つの病気があるのは単なる偶然の一致なの、あるいは甲状腺の病気が線維性筋痛あるいは慢性疲労症候群の引き金となったのかどうかを私に尋ねます。 |
答えが必ずしもはっきりしているわけではありません。甲状腺ホルモンバランスの乱れや線維性筋痛、および慢性疲労症候群の間にある関係は、甲状腺ホルモンバランスの乱れとストレスの間にある関係に似ています。甲状腺ホルモンの乱れにより生じたストレスやうつ病が免疫系を弱め、患者を線維性筋痛や慢性疲労症候群にかかりやすくさせるのでしょうか。それとも疲労や線維性筋痛の身体症状、あるいは慢性疲労症候群によって引き起こされた圧倒的なストレスやうつ病が免疫系に悪影響を及ぼし、それが原因で甲状腺ホルモンのバランスの乱れが生じたのでしょうか。ストレス、うつ病、そして線維性筋痛や慢性疲労症候群の間の関係は複雑ですが、脳と内分泌系、および免疫系の間の相互作用を反映しています。レトロウィルスのようなウィルス感染が、慢性疲労症候群の発症に大きな役割を果たしているようです。高いレベルのストレスに曝されている人は、ストレスレベルの低い(あるいはストレス対応メカニズムが優れている)人と同じくらい早くウィルス性の病気から回復しない場合があります。今では、一部の人で免疫系を弱めるのは、心理的に傷つきやすいことであり、そのためいつまでもウィルス感染が治らないということが分かっています(5)。要するに、心理的ファクターとストレスが慢性疲労症候群の発病を促すようだということです。うつ病の症状は、慢性疲労症候群患者の35から70%に見られ(6)、うつ病が慢性疲労症候群の発症に先立つ場合もよくあります。 |
研究者は、慢性疲労症候群が特定のタイプの慢性うつ病を表わしていることもあるという証拠を次々に明らかにしています。うつ病と慢性疲労症候群で起こる免疫障害は、実際にまったく同じものです。しかし、一部の患者では疲労やこの病気の慢性的性質、診断に付きまとう汚名、そしてまだ治療法が見付かっていないという事実のためにうつ病が起こる場合があります。これはストレス/甲状腺の悪循環のエスカレートを思い出させるものではありませんか。慢性疲労症候群に罹っている人のほとんどで、どの問題がこの連続的な出来事−ストレス、うつ病、免疫系の障害、あるいは内分泌系の障害をスタートさせたかを確かめることは事実上不可能です(7)。 |
一連の研究で、慢性疲労症候群に罹っている患者では内分泌系の障害が起こることが多いということもはっきりしました。例えば、多くにコルチゾルレベルの低下が見付かっており、これは副腎機能が落ちていることを示すものです。しかし、繰り返しますが、そのような障害が病気の原因なのか、あるいは病気に関連したうつ病やストレスの結果生じたものかは分かっておりません。 |
同様の関係が脳内の化学作用の変化ともう一つのひどい疲労の原因である線維性筋痛の発症の間に存在します(8)。線維性筋痛は、自動車事故や仕事に関係した事故のような感情的ストレスを受けた後に始まることがあります。中には、以前感情的に動揺したり、落ち込んだり、あるいはうつ病に罹ったことのある人もおります。ストレスが脳下垂体の成長ホルモン産生を抑えるために、線維性筋痛が引き起こされるのではないかと思われます。 |
ストレスが如何に成長ホルモンに影響しうるかという別の例は、虐待を受けた子供達に見られる発育不全です。虐待によって加えられたストレスのため、脳下垂体が作り出す成長ホルモンがうんと少なくなるのです(9)。 |
甲状腺ホルモンバランスの乱れも、線維性筋痛や慢性疲労症候群を悪化させるファクター、あるいは直接の原因である可能性があります。まったく同じように、これら2つの病気が甲状腺の自己免疫反応を引き起こす可能性もあります。これが線維性筋痛の診断を受けた人の中に不活発な甲状腺が見付かる場合がある理由です。甲状腺ホルモンバランスの乱れをすぐに治せば、症状の悪循環や線維性筋痛の悪化を食い止めることになります。患者の中には、甲状腺機能低下症が原因で典型的な線維性筋痛が起こる人がおり、この場合甲状腺ホルモンで治すことができます。また、他の人では線維性筋痛がそれ自体独立した病気となり、不活発な甲状腺を治療した後でも治らないことがあります。 |
線維性筋痛は、活発すぎる甲状腺を治療した後にも起こることがあります。活発すぎる甲状腺の調整がうまくいかない場合、あるいは治療中に甲状腺ホルモンレベルの急激な変動が繰り返される場合(甲状腺機能亢進症から突然重篤な甲状腺機能低下症への移行を引き起こす)は、線維性筋痛の発病を誘発することがあります(<第15章>参照)。この理由は、このような急激な移り変わりにより、大変な量のストレスや感情の乱れが引き起こされるためと考えられます。 |
医師が、甲状腺機能低下症の診断を下した後、何ヶ月、時には何年も経ってから、その人に線維性筋痛の診断を下すことがよくあります。患者が疲労や痛みを治療前に訴えることが多いのですが、最初はこれらの症状が甲状腺機能低下症のためと思われるのです。しかし、甲状腺ホルモンが適切に調整された後も患者はこれらの症状を訴え続け、それを考え合わせると線維性筋痛に合致するのです。 |