甲状腺疾患の家族歴があると、慢性甲状腺炎やバセドウ病のような自己免疫性甲状腺疾患になるリスクが高いことがあります。このリスクの増大は、遺伝的素因に関係があります(12)。あなた自身、または家族がインスリン依存型糖尿病や狼瘡(SLE)、慢性関節リウマチのような自己免疫性疾患に罹っている場合、生涯の間に慢性甲状腺炎やバセドウ病のような自己免疫性甲状腺疾患を発病するリスクがうんと高くなります。あなたが甲状腺の病気を起すかどうかをあらかじめ定める遺伝子は、しばしば他の甲状腺とは無関係な病気を起しやすくする遺伝子と重なり合っていたり、つながりを持っていることがあるので、あなた自身または家族がそのような病気と診断された場合は、甲状腺ホルモンバランスの乱れを生じてくるリスクが高いということを知っておくのが大切です。例えば、元大統領のジョン・F・ケネディーはアジソン病に罹っていました。彼の息子のジョン・F・ケネディーJr.もアジソン病とバセドウ病に罹っておりました(13)。患者の中には2つ以上の自己免疫性疾患に罹っている人がおり、多腺性機能不全症候群があると見なされます。特に関係の深いのは、自己免疫性甲状腺疾患とアジソン病、およびインスリン依存型糖尿病です。 |
他の例は、バセドウ病や慢性甲状腺炎に罹っている人の間で、白斑症の発生頻度が間違いなく高いということです。白斑症は、正常な色素がなくなるために、皮膚に白い領域があるものです。この色素の喪失は、正常な色素を維持するメラノサイトと呼ばれる皮膚の細胞に対する自己免疫攻撃によって起こるものです。自己免疫性甲状腺疾患と併存していることがあるのに非常によく見逃される自己免疫疾患はシェーグレン症候群(シッカ症候群とも呼ばれます)です。慢性甲状腺炎患者のほぼ半数がわずかながらシェーグレン症候群の特徴を持っており、口腔乾燥や目の乾燥、および膣の乾燥を起すまでに進むことがあります。 |
下の表で、どの病気が自己免疫性甲状腺疾患になりやすい傾向を高めるかがわかるようになっています。この表は、自己免疫性甲状腺疾患と診断され、治療を受けている場合に罹りやすい他の病気に注意するのにも役立ちます。 |
【警戒すべき自己免疫疾患】 |
病 気 |
原 因 |
症 状 |
悪性貧血 |
ビタミンB12の吸収に必要な胃因子を欠くことによるビタミンB12の欠乏 |
手足のしびれやジンジンする痛み、平衡感覚の喪失、下肢の脱力 |
慢性関節リウマチ |
関節の自己免疫性炎症 |
朝のこわばり、関節の痛み(指関節、手首、肘など) |
インスリン依存型糖尿病 |
インスリンを作る膵臓細胞への自己免疫攻撃 |
頻尿、喉の渇き、体重減少、ものがぼやけて見える、ケトアシドーシス |
アジソン病 |
副腎に対する自己免疫反応(通常はコルチゾールとミネラルコルチコイドを作り出している) |
体重減少、疲労、上腹部痛、吐き気、下痢、嘔吐、低血圧、失神、脱水、低血糖、皮膚の色素の増加 |
クローン病 |
小腸の自己免疫性炎症 |
腹痛、下痢、血便、発熱 |
狼瘡(SLE) |
皮膚と腎臓、心臓および関節を含む様々な臓器の結合組織に対する自己免疫攻撃 |
関節痛、発熱、顔やその他の皮膚の発疹、腎障害、心臓や肺の問題 |
重症筋無力症 |
筋肉を収縮させるのに欠かせない筋細胞のレセプター(アセチルコリンレセプター)に対する免疫攻撃 |
筋力低下、複視、嚥下困難 |
シェーグレン症候群 |
唾液腺、涙腺、および膣の粘液腺の自己免疫反応 |
目がひりひりする、口腔乾燥、膣の乾燥 |
強皮症 |
皮膚および多数の臓器の結合組織の炎症と瘢痕化を起す免疫反応 |
指の硬直と痛み、レイノー症候群(寒さに曝されると指が白くなり、痛む) |
原発性胆汁性肝硬変 |
胆管閉塞を起す胆管への自己免疫反応 |
黄疸、肝機能異常、かゆみ |
卵巣炎 |
瘢痕形成を起す卵巣の自己免疫反応 |
早発性更年期、無月経 |
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頭頚部の腫瘍やリンパ腫、あるいはにきびに対する放射線外部照射を受けたことがある場合は、甲状腺機能低下症になるリスクが非常に高くなります。ホジキン病で外部照射治療を受けた81名の患者の研究では、放射線外部照射治療の10年から18年後に最高58%の患者が甲状腺機能低下症であることがわかりました(14)。外部照射により、結節や甲状腺癌が起こることもあります。放射性降下物に被爆した人達にも同じような甲状腺機能低下症と甲状腺結節のリスクが生じます。 |
放射性降下物や原発事故からの放射線によって甲状腺機能低下症だけでなく、慢性甲状腺炎や甲状腺結節が引き起こされる場合があります。研究者は、USSR(現在のウクライナ)のキエフ近郊のチェルノブイリで1986年に起きた事故で放射性ヨードを含む放射性物質が放出された結果、近隣の地域で甲状腺機能低下症の発生率が増加したことに気がつきました。チェルノブイリ近隣地域から非難させなかった馬や牛までもが甲状腺機能低下症になったのです。1950年代から1960年代にかけて行われた核実験からの放射性降下物に曝されたアメリカ合衆国の西部地域の人も、甲状腺結節だけでなく甲状腺機能低下症に罹るリスクが高くなっている恐れがあります。 |
自己免疫性疾患や放射線に加え、次の段落で述べますが、他のある種の病気があなた自身または家族が甲状腺ホルモンバランスの乱れを起してくるリスクが高いのではないかという手がかりを与えてくれると思われます。 |
理由ははっきりしませんが、読むことのできない失読症があると、甲状腺ホルモンバランスの乱れを生じるリスクが高いと思っておいた方がよいでしょう。失読症は、書かれている記号を区別するのが困難であるという特徴があり、失読症の人はしばしば字を反対に書いたり、左右を間違えます。全体的な知能は高いと思われますが、失読症の子供は読み書きが困難なために学校の成績がよくないのです。普通、失読症は家族の中の男性が罹ります。前大統領のジョージ・ブッシュ氏は、息子のネイルが低学年の時に失読症であったと私にもらしました。それは後でよくなりましたが、ネイルは甲状腺疾患ではありませんでした。一方、ブッシュ大統領の息子であるマービンには大腸炎がありました。これも自己免疫性甲状腺疾患に遺伝的つながりがあります。マービンにも甲状腺の病気はありませんでした。 |
30歳前の若白髪が甲状腺疾患に罹りやすい素因があることを示す場合があります。バーバラ・ブッシュ夫人は若白髪でしたが、それは彼女が自己免疫性甲状腺疾患に罹るリスクがあることを示す手がかりとなるものです。自己免疫性甲状腺疾患のある患者間で、小規模な調査が行われましたが、それでは左利きまたは両手利きの男性は、バセドウ病や慢性甲状腺炎に罹るリスクが高い恐れがあることが示唆されました。 |
疱疹状皮膚炎は、まれな病気ですが、自己免疫性甲状腺疾患と関連があると思われます。この病気の人は、背中や下肢に蕁麻疹とかゆみを伴う液体が詰まった水疱ができます。あなたか、家族がこの病気の診断を受けた場合、甲状腺の検査もしてもらうようにしてください。 |
小児脂肪便症は小腸の障害で、これも自己免疫性甲状腺疾患のある患者に起きることがあります。この病気はグリアジン(小麦粉のグルテン内に見られる)に過敏性があり、下痢と吸収不良を起します。患者がグルテンを含まない食餌をすると症状はよくなります。 |
今までに見てきたとおり、甲状腺ホルモンバランスの乱れは体内の様々な器官に影響を与えます(<第3章>と<第4章>を参照)。それでも、医師が甲状腺疾患と結び付けて考えることのなない多くの症状があるのです。このような症状のいずれかがあれば、医師と甲状腺疾患の可能性について相談し、甲状腺の検査を受けるようにしてください。例えば、赤く、かゆみの強い蕁麻疹は、甲状腺機能低下症や機能亢進症のどちらでも起こり得るものです。多くの患者で、蕁麻疹は自己免疫性甲状腺疾患の一つの発現症状です。蕁麻疹のある患者は、慢性甲状腺炎にかかる頻度が高くなっています(15)。一部の例では、甲状腺ホルモンレベルが正常であっても、甲状腺ホルモン治療でこの病気が治ります。甲状腺ホルモンレベルが高い、あるいは低くて、蕁麻疹がある場合、抗ヒスタミン剤の服用とホルモンバランスの乱れを治すことで症状が軽減すると思われます。 |
内出血しやすいことも甲状腺ホルモンバランスの乱れの徴候である可能性があります。これは血小板(血液凝固の調節に欠かせない細胞)の数が少ないことと何らかの関係があると思われます。時に同じ家族の中の数人が、バセドウ病に罹ると同時に血小板数の減少を起こし、皮膚に小さな点状の出血(点状出血)が出ることがあります(16)。甲状腺疾患患者で、内出血しやすいことが非常に見逃されやすい原因は、これらの患者に出ることのある関節の痛みに対し、医師が高い頻度で処方する非ステロイド系抗炎症剤(NSAID)の使用のためでもあります。 |
脱毛も甲状腺疾患患者の間では非常に多い訴えの一つです。脱毛は甲状腺機能低下症と機能亢進症のどちらにも起こります。そして、血液中の甲状腺ホルモンレベルが正常に戻った後でも、何ヶ月も残ることがあります。この症状は、体重の問題やうつ病、および自尊心の低下に悩んでいる男女どちらにとっても、非常につらく、不安を感じさせるものです。甲状腺ホルモンバランスの乱れが毛嚢の健康に及ぼす影響がきわめて甚大で、枕やヘアブラシに毛の塊があるのに気付くようなこともあります。ブラシをかけて毛が抜けたり、シャワーを浴びた後に排水口が詰まったりすることがあります。この症状を医師に告げる必要がありますが、不安を抱かないようにしてください。ほとんどの場合、また毛が生えてきます。血液検査の結果が正常になってから何ヶ月も脱毛が続く場合は、甲状腺ホルモンバランスの乱れの影響を受けた毛嚢がまだ完全に回復していないためです。ホルモンバランスの乱れによる弱々しい古い毛と新しい、強靭な毛が置き換わるには、6ヶ月から1年ほどかかりますが、甲状腺ホルモンバランスがよく、健康的な栄養を摂り、ストレスを管理することによって毛嚢が健康になります。 |
あなた自身か、家族が斑状に毛が抜ける円形脱毛症に罹ったことがあれば、あなたが甲状腺の病気に罹るリスクは高いと思われます。この病気は、頭皮やひげの生える部分、および恥毛部を含め、通常毛が生えているところにはげができるものです。この病気は非常な心配や不安を引き起こしますが、ほとんどの例で数ヶ月すると自然によくなります。残念ながら、少数の人でははげが永久に残ります。 |
筋力低下は、甲状腺機能低下症と機能亢進症のどちらにも起こる症状です。しかし、激しい運動をした後や多量の糖分を摂取した後に麻痺が起こる場合は、“低血糖性周期麻痺”に罹っていることを示すものと思われます。この麻痺は低カリウムレベルによって引き起こされるもので、バセドウ病に併発します。これはアジア人が罹りやすい傾向があります。甲状腺ホルモンバランスが正しくなれば、血中のカリウムレベルの低下が起こることはなく、麻痺の症状も出なくなります。 |
甲状腺ホルモンバランスの乱れの可能性があると警戒しなければならない様々な病気を下のリストにまとめました。 |
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甲状腺ホルモンバランスの乱れが起こるリスクを増大させる病気 |
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- 自己免疫性疾患(自己免疫性甲状腺疾患のある患者に高頻度で起こる自己免疫性疾患を挙げた【警戒すべき自己免疫疾患】を参照)
- 失読症
- 若白髪
- 躁うつ病
- 疱疹状皮膚炎
- ダウン症候群、ターナー症候群
- アルツハイマー病の家族歴
- 乳癌の病歴
- 円形脱毛症
- 女性の慢性蕁麻疹(びまん性のかゆみ)
- リウマチ性多発筋痛症
- 小児脂肪便症
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私が今までずっと言っているとおり、高齢者、閉経後の女性、およびうつ病に罹っているか、うつ病や不安、PMS(月経前症候群)、不妊症の病歴のある女性や、最近流産したり、月経の出血がひどい女性は、甲状腺に関連した症状である可能性があるため、甲状腺ホルモンバランスの乱れを考慮しなければなりません。 |
もちろん、甲状腺の状態を確かめることで、あなたの苦しみが甲状腺ホルモンバランスの乱れによって引き起こされたものかどうかがわかりますが、自分のリスクを知っていれば、このちっぽけな内分泌腺にもっと真剣に注意を払うようになるでしょう。甲状腺は気分から人間関係まで、あらゆる面であなたの健康に密接な影響を及ぼしています。甲状腺ホルモンバランスの乱れのリスクを知り、症状について知識を深めておけば、ホルモンバランスの乱れにより、あなたの健康がだいなしになる前に、医師に甲状腺ホルモンバランスの乱れを早期に考慮してもらえると思います。 |
早期に甲状腺ホルモンバランスの診断がつけば、すぐに症状は出ないものの、何年も後になってあなたに付きまとう恐れのあるたくさんの隠れた影響をも予防できます。下の表に甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症の隠れた身体的影響を挙げました。 |
【甲状腺ホルモンバランスの隠れた影響】 |
甲状腺機能低下症 |
甲状腺機能亢進症 |
総コレステロールおよびLDLコレステロールの上昇 |
心律動の異常
心筋症および鬱血性心不全 |
冠動脈疾患 |
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脳組織の傷害 |
脳組織の傷害 |
高血圧 |
高血圧 |
グルコース不耐性および糖尿病 |
グルコース不耐性および糖尿病 |
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骨喪失および骨粗鬆症 |
加齢促進 |
加齢促進 |
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