今後20年の内に、4000万人近くの女性が閉経を迎えます。そして、その内かなりの数の人が甲状腺ホルモンバランスの乱れを起こす危険性を持っています。閉経時には、慢性甲状腺炎や甲状腺機能低下症を起こす女性がさらに多くなります。女性がこれらの病気を発病する確率も、加齢とともに増加します。甲状腺疾患が閉経期の女性に及ぼす影響のため、閉経後に起こる様々な身体的、感情的ストレスに対処できなくなることがあります。 |
甲状腺ホルモンバランスの乱れは、閉経期の症状を紛らわしくしたり、あるいはひどくしたりする場合があります。規則正しい月経がある時期から、月経が止まるまでの道筋は、生殖可能年齢の終わりを示すというだけでなく、女性がどのように自分自身を認識するかについて新生面を開く上で、ホルモンや社会文化的影響を受ける非常に重要な時期でもあります。女性はうつ病や認知障害を一層起こしやすくなります。 |
現在では、多くの女性は閉経後の生活が生涯の3分の1を占めるようになっています。女性に対する総合的なケアの必要性および女性の健康を保証する予防医学や教育の重要性が認識されているにもかかわらず、保健医療給付システムでは、甲状腺ホルモンバランスの乱れの早期発見と適切な治療には重きが置かれてきませんでした。甲状腺疾患についての教育は、女性の、特に中年の女性の健康プログラムの一部とするべきです。 |
閉経とは、特に月経の停止のことを言う言葉ですが、その移行期の間、エストロゲンレベルが徐々に下がり、完全に止まるまでに月経が不順になっていき、しばしばひどくなります。PMSがそうであるように、閉経期の甲状腺疾患も女性がどのように更年期症状を認識するかということ、またその症状の性質にさえも影響を与えます。 |
初期の研究はきちんとデザインされたものではなかったため、閉経期の女性はほとんど例外なくのぼせや寝汗、膣の乾燥、そしてうつ病やいらいら、体重増加、不眠、めまいなどを含むその他の多くの症状を経験すると皆が思い込んでしまったのです。しかし、最近の研究では、実際に女性が経験する更年期症状は、女性がそう思い込まされていたよりもずっと少ないことが示唆されています。発表されたたくさんの報告とは反対に、うつ病や感情的な不安定は誰もに一様に起こるものではありません。閉経期についての信頼できる情報がないことが女性の不安やマイナスの感情を募らせ、それが症状を長引かせるのです。 |
女性がどのように閉経期をとらえるかについては、人により大きく異なります。更年期症状を訴える女性は、より高いレベルのストレスを受けており、特に閉経にマイナスのイメージを抱いている場合が多いのです。メディアや素人向けの雑誌に出ている恐ろしい更年期症状の描写が更年期についての恐怖や不安をさらに煽り立てているのではとも思われます。イギリスで行われた研究によれば、調査対象の一般医の内44%が、閉経について不安を覚える女性患者が増えているのはメディアの影響であると指摘しています(8)。女性の中には、閉経をどうすることもできない絶望と憂うつに陥る時期として見るようになる人もいるかと思われます。医師であり、女性の健康についての専門家でもあるChiristiane
Northrupはこう言っています。「閉経期に問題が起こるだろうと思うと問題が起きます」(9) |
閉経期の身体的、感情的症状はエストロゲンレベルの低下のためだと思われていました。そして、エストロゲン補充療法でエストロゲンの減少は治せるはずと思われていたのです。エストロゲンは間違いなく、認知機能や気分に影響する脳内化学物質と重要な相互作用を持っています。しかし、そのような症状の発生にさらに大きな影響を持つと思われるものは、閉経前に経験するストレスの量です。日本とアメリカで行われた研究では、更年期症状の発現とその症状の出る頻度は、日本人女性とアメリカ人女性の間で著しく異なることが示されました(10)。その違いはあまりにも大きく、社会分化的ファクターによってしか説明がつかないものです。例えば、アメリカ人女性の約38%がエネルギーの欠如を経験していますが、それに比べて日本人女性ではわずか6%にしか過ぎません。アメリカ人女性の30%あまりがいらいらを経験しているのに、この症状を訴える日本人女性はわずか12%です。うつ病や睡眠障害のようなそれ以外の多くの症状は、日本人女性よりアメリカ人女性に平均3倍多く見られます。アメリカ人女性はのぼせや寝汗も日本人女性より訴える人が多いのです。 |
日本人女性の間では、うつ病の発生率がもっとも高いのは閉経前の女性ですが、アメリカ人女性の間では、間もなく閉経する女性にいちばんうつ病が多く発生します。うつ病に向かう傾向のある女性は、閉経期に起こる変化をうまくコントロールできないと感じており、そのような変化をマイナスのものとしてとらえていると思われます。うつ病が悪化すると、ストレスに圧倒されるように感じます。 |
ほとんどの女性にとって、ホルモンの変化が健康上の変化あるいは更年期症状のすべての原因ではないと思われます。しかし、ホルモンの変化がのぼせや寝汗の発生に重要な役割を果たしているようです。のぼせの発生率は、以前考えられていたよりはるかに低いようで、女性の50から60%に起こります。 |
ある研究で、近親者との死別や離婚、あるいは友人の引越しなどから来るストレスが、閉経期の心理的、身体的症状に密接に関係していることが見出されました(11)。教育や社会経済的地位が低いというような他のファクターも、中流女性の間に一般に見られるより、うつ病の症状が出やすいということに関係しています。女性の月収が低ければ低いほど、閉経時の神経性愁訴の発生率が高くなることが示されています(12)。気分変動に向かう傾向のある人は、生活の変化を予期したり、対処する際に無力だと感じることが多いのです。さらに、更年期症状が脳内化学物質の変化につながりがあり、月経前症候群の病歴があると更年期症状が出る確率が高くなるということを示唆する証拠があります(13)。 |
先に挙げたばかりの証拠に基づけば、閉経前に起きた甲状腺ホルモンバランスの乱れにより、女性に更年期症状が出やすくなる可能性のあることが理解しやすくなるでしょう。カナダの研究では、閉経前に健康上の問題、特に関節炎や甲状腺の病気を経験した女性は、閉経期にうつ病が出る可能性が高くなることが分かっています(14)。これが甲状腺機能低下症の女性が、例え甲状腺ホルモンで適切に治療を受けた場合であっても、頭痛やうつ病、便秘またその他の“更年期”症状に悩まされることが多いことの説明となります。 |
同じくらい大事なのが、甲状腺ホルモンバランスの乱れの精神−体への影響が、バランスの乱れがごくわずかなものであったとしても、閉経期の女性でよりはっきり現れてくる場合があるということを知っておくことです。 |
閉経期の女性と閉経間近の女性に対しては、リラクゼーションテクニックや甲状腺ホルモンバランスの乱れを治すこと、および生活習慣のファクターが、甲状腺ホルモンバランスの乱れの長引く影響を予防、あるいは治療する上できわめて重要となります
(<第16章>参照)。性ホルモンや甲状腺ホルモンおよび環境のストレスが精神と体に影響します。これらの影響がどのように気分や身体的不快症状として現れるかは、女性によって様々に異なります。したがって、医師がどのように患者の苦しみを診断するかは、医師といちばん目立つ症状の原因と思われるものによって異なります。ある医師はホルモンのせいにし、別の医師はストレスだと言うかもしれません。そして3人目の医師はうつ病や不安をほのめかすかもしれません。月経前の時期であろうが、産後、あるいは閉経期であろうが、女性の周期に及ぼすホルモンの影響による苦痛のタイプやひどさには関係なく、甲状腺の要素をできるだけ早く突き止め、治すように心がけるべきです。 |