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臨床展望:バセドウ病患者の抗甲状腺薬治療─証拠に基づいた治療法
David S. Cooper
The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism 88: 3474-3481, 2003.

抗甲状腺薬は半世紀以上にわたって、使用されてきた。現在、抗甲状腺薬の作用機序、薬理動態学、臨床薬理学についてはよく知られている(1)。驚くかもしれないが、医師は抗甲状腺薬の最適使用法に関連した多数の疑問に対する答えを今でも持たないのである。抗甲状腺薬の選択、投与期間、治療開始時の投薬量、抗甲状腺薬治療の対象患者の選択、放射性ヨード治療前に抗甲状腺薬で治療するかどうかなどは、忙しい開業医がほぼ毎日といっていいほど決断を迫られる問題である。実地臨床家を対象とした甲状腺機能亢進症に対する治療ガイドラインは出版されてきたが(2,3,4)、それらは証拠に基づいたものではなく、特殊な場合や臨床的な疑問に役立つものではない。正確な方法でこれらの問題に対処するために、以下の考察は証拠に基づいたアプローチで行う。アメリカ家庭医学会(5)と大部分の他の学会は、証拠のレベルを以下のように評価している。
  • レベルA:
    高品質の無作為対照試験(RCT)、高品質分析(統計学的な系統的総説)
  • レベルB(他の証拠):
    うまく計画された非無作為臨床治験と適切な検索戦略とよく立証された結論による非定量的な系統的再調査、質の落ちる無作為対照試験、臨床集団研究、偏りのない平均化した症例を対象とした研究、高品質で病歴もちゃんと取ってある非対照研究、うまくデザインされた疫学的研究
  • レベルC:
    コンセンサスを得た意見または専門家の意見
忙しい臨床内分泌医の診療所で、しばしば遭遇しそうな2人の典型的な患者を提示して、検討していく。各々の症例について一連の質問を挙げ、それから可能な場合は、レベルAの証拠を使用して答えた。残念なことに、論争中の問題が多いために、最高レベルの証拠は利用できず、少し正確性に欠けるデータを使わざるを得なかった。1998年に発表された英国の総説も今回のわたしと同じ方法で、同じ問題を論じている(6)

方 法
直接医学情報提供システム(MEDLINE)で、検索条件としてバセドウ病、甲状腺機能亢進症、抗甲状腺薬、プロピルチオウラシル、メルカゾール、カルビマゾール、無作為対照試験をキーワードとして、1980年から2002年までの英語文献を検索した。総説、本章、教科書からの文献リストも以前の論文を見つけるために調べた。可能ならば、無作為対照試験の結果を記載した論文が質問に答えるのに用いられた。無作為試験でなくても、多数例の症例報告や後向き集団研究からのデータを使用した。または無作為試験からの情報を利用した。

症例:1
20歳の未婚女性が典型的なバセドウ病の症状を呈して来院した。彼女は、軽度の眼周囲浮腫、軽度の眼球突出、正常の1.5倍の甲状腺腫大がみられた。彼女の甲状腺機能検査は、以下であった:
フリーT4(FT4): 2.3ng/dl(正常0.8〜1.8 ng/dl);T3: 250ng/dl(正常80〜180ng/dl);TSH: 0.005mU/L以下(正常0.5〜4.0mU/L)放射性ヨード摂取率24 時間値は40%(正常10〜25%)で、シンチグラムはびまん性に放射性ヨードを取り込んでいた。それぞれの治療法について説明を聞いた後に、患者は抗甲状腺薬療法を選択した。
この症例の情報から、以下の問題が出てくる:
1 この患者にはどの薬を使用すべきか、プロピルチオウラシル(PTU:チウラジールまたはプロパジール)かメチマゾール(MMI:メルカゾール)?
2 寛解状態になるには抗甲状腺薬をどれくらい服用しなければならないか?
3 抗甲状腺薬の投与量は、寛解に影響を与えるか?治療開始時の投与量はどれくらいが適当か?
4 抗甲状腺薬療法中または中止後の甲状腺ホルモン剤同時投与は、寛解に影響を与えるか?
5 患者にとって抗甲状腺薬療法は良い治療法であるか、または彼女は抗甲状腺薬療法では治りにくく、放射性ヨード治療を最初の治療選択として選ぶ方がいいか?

討 論
[1] この患者にはどの薬を使用すべきか、プロピルチオウラシル(PTU:チウラジールまたはプロパジール)かメチマゾール(MMI:メルカゾール)?
この質問に関しては、さらに多くの質問がでてくる。例えば、どちらの薬がより効果的で、より早く作用するか?どちらの薬が、副作用が少ないか?どちらの薬が、規則的に服用が可能か?どちらの薬が、より経済的か?どちらの薬が、放射性ヨード治療の効果を減弱させるか?抗甲状腺剤は放射性ヨード治療後に投与すべきか?
[1a]
どちらの薬がより効果的であるか?
メルカゾール30mg/日(朝、昼、夕10mg;66例)とPTU300mg/日(朝、昼、夕100mg;17例)を投与した場合、甲状腺ホルモンが正常になるまでの期間を比較した後ろ向き試験がよく引用される(7)。この研究結果から、メルカゾールがPTUと比較して甲状腺機能をより急速に正常化させることが示唆された。しかし、この研究は無作為対照試験ではないため、メルカゾールを投与された患者とPTUを投与された患者の治療前の甲状腺機能が同程度であったかどうかが不明であり、どちらの薬物を投与するかをどのような基準で決めたのかも不明である。PTUとメルカゾールが比較された3つの前向き無作為対照試験があり、結果は優劣をつけがたいものである。1つの小規模試験では、29人の患者が無作為にメルカゾール30mg/日(一回服用)とPTU300mg/日(朝、昼、夕100mg)を受けるよう割り当てられた(8)。22人の患者が、甲状腺機能を毎月検査され、試験を終了した。メルカゾールを投与した患者で、血清フリーT4とT3は早く正常化したが、統計学的に有意だったのは血清T3値だけであった。別の研究において、94人の患者が無作為に12、8、6時間ごとにメルカゾール10mgまたは12、8、6時間ごとにPTU100mgを服用するよう割り当てられた(9)。評価基準は、治療12週後の血清フリーT4値である。両方の薬で一番少ない量を服用した患者を除いて、12週後にはほとんどすべての患者はフリーT4値が正常になっていた。結論は、両方の薬は有効性に関して同等であった。しかしながら、本研究では血清T3値は測定されておらず、効果の比率も評価されていない。3番目の研究では、71人のバセドウ病患者を無作為にメルカゾール15mg/日とPTU150mg/日に割り振り、12週間投与した(10)。フリーT4とT3が毎月検査された。予想通り、フリーT4とT3値はメルカゾール服用群において、すべての時点で低値を示した。多分、PTUの投与量が多くの場合治療量以下だったことが原因であろう。事実、12週後、PTU治療をうけている患者の19%だけが甲状腺ホルモン値が正常になったのに対し、メルカゾール治療をうけている患者の77%は甲状腺ホルモン値が正常になった。要約すると、メルカゾールの方がよりいくぶん効果的だったにもかかわらず、治療上同等量で2つの薬を臨床的に適切な時点で効果を比較しているのは、現時点では1つの小さい前向き無作為化試験があるのみである。
[1b]
どちらの薬が、副作用が少ないか?
PTUとメルカゾールは、約1〜5%で軽い副作用がみられる(発疹、じんま疹、胃腸障害)(11,12)。ウェルナーらは、PTUとメルカゾールの高用量と低用量で治療された389人の甲状腺機能亢進症患者を対象として、副作用の発生頻度を検討した(12)。関節痛、発疹、胃腸障害などの軽度の副作用に関しては、PTUとメルカゾールには統計学的な差は認められなかった。しかし、メルカゾールでは、副作用は投与量と関連しているように思えるが、PTUでは、副作用は投与量とは関係ないと思われる(1)。したがって、低用量のメルカゾール(例えば、5〜10mg/日)は、PTUに比べて軽度の副作用は少ないかもしれない。同様に、PTUとメルカゾールによる無顆粒球症の割合は0.2〜0.5%であるが、この重大な副作用はメルカゾール10mg/日以下を服用している患者では、非常に稀である(13)。さらに、薬物性肝炎MPO-ANCA陽性血管炎などの稀な重大な副作用は、ほとんどPTUを服用している患者にみられる(11)。要約すると、特に軽度〜中等度の患者でメルカゾール10mg/日以下が投与されている場合、メルカゾールの方が安全な薬であるように思える。
[1c]
どちらの薬が、規則的に服用が可能か?
甲状腺機能亢進症患者がどれくらい規則的に抗甲状腺薬を服用しているかについての研究は、今まで誰も行っていない。しかし、甲状腺機能亢進症患者がきちんと抗甲状腺薬を服用していないことは容易に想像できる。メルカゾール30mg/日単回投与(10例)とPTU400mg/日投与(4回分割投与;6時間毎、12例)を比較した無作為対照試験が1つだけある(8)。3ヶ月後月、ちゃんと服用している例(錠剤を数えて80%以上服用している場合を「ちゃんと服用している例」と定義した)は、メルカゾール服用例で83%、PTUでは53%であった(P<0.01)。おそらく、メルカゾールを一日1回服用した場合、クスリの効きが良いのは、PTUに比べてメルカゾールの服用率が高いことに因るところが大きいと思われる(14)
[1d]
どちらの薬が、より経済的か?
小売価格が異なっていることや患者の自己負担率も違うために、この質問に答えるのは難しい。全国チェーン店を持つ会社とインターネット注文できる会社の価格をWeb siteで調査、比較した(この調査は2003 年6月3日に行った)。その結果が以下である。
PTUの場合、通常、治療開始量は300mg/日であり、1ヶ月の服用量は180錠で21.81ドルとなる。
タパゾール(ブランド品;メルカゾールと同じ)を一日30mg(3回に分割)服用した場合、1ヶ月のコストは平均86.08ドル(83〜90ドル)で、後発品<注釈:ゾロ品またはコピー薬といわれる>の場合、1ヶ月のコストは平均62.30ドル(61〜63.13ドル)である。
一般的にメルカゾールとPTUの薬効は10:1と言われているが、実際は30:1と考えられている(1)。もしそうなら、治療開始量としてメルカゾール10mg/日とPTU300mg/日が同じ効果を発現することになる。この場合は、タパゾールの1ヶ月のコストは平均28.69 ドル(27.67〜30ドル)で、後発品の場合、1ヶ月のコストは平均20.85ドル(21.05〜20.33ドル)である。したがって、メルカゾールの低用量では、メルカゾールとPTUのコストは同じであるが、メルカゾールの高用量では、メルカゾールはPTUと比べてより高価である。
[1e]
どちらの薬が、放射性ヨード治療の効果を減弱させるか?
抗甲状腺薬が放射性ヨード治療の結果に影響を及ぼすことは数十年前から分かっていた。にもかかわらず、アメリカ甲状腺学会会員を対象とした調査で、約30%の会員がアイソトープ治療を行う前に甲状腺機能を正常にするために抗甲状腺薬を全例に使用していることが分かった(15)
さらに、抗甲状腺薬でまず治療を受けて、抗甲状腺薬を中止後に再発し、アイソトープ治療を受ける患者が多い。これらの患者も、アイソトープ治療前に抗甲状腺薬をずっと服用していたわけである。
PTUがアイソトープ治療の効果を有意に減弱させるといういくつかの後ろ向き研究は報告されているが、前向き無作為対照試験はいまだ行われていない(16-19)【図1A】。一方、メルカゾールをアイソトープ治療前に使用した場合と使用しなかった場合での効果の比較検討をした2つの後ろ向き研究(18,20)と2つの前向き無作為対照試験(21,22)が行われている【図1B】。4つの研究全てで、メルカゾールはアイソトープ治療に影響を与えないと言う結果であった。したがって、もしアイソトープ治療前に抗甲状腺薬を使用する場合は、メルカゾールが好ましいように思われる。メチルチオウラシル<注釈:PTUに似た抗甲状腺薬>で前治療した古い研究(23)でも分かっているが、PTUがアイソトープ治療の効果を減弱させる作用を克服するために、PTUで前治療を行う場合には、アイソトープの投与量を25%増やすべきである。
[2] 寛解状態になるには抗甲状腺薬をどれくらい服用しなければならないか?
後ろ向き研究では、抗甲状腺薬を長期間服用すると寛解しやすいと報告されている(24,25)。例えば、ある研究では、抗甲状腺薬を1年間服用した症例より2年以上服用した症例で寛解率が高いと報告している(24)。残念なことに、無作為前向治験は、この結果を支持しない【図2】。1つの研究のみで、6ヶ月間治療した症例では18ヶ月間治療した症例に比べて再発が高いと報告している(26)。しかしながら、その後の無作為試験では、治療期間が12ヶ月間と24ヶ月間(27)、6ヶ月間と12ヶ月間(Block and Replacement Therapy:BRTで治療している)(28)、18ヶ月間と42ヶ月間(29)の間で寛解率に差はなかった<注釈:BRTとは高用量の抗甲状腺薬と甲状腺ホルモン剤を併用する治療法で、BRTについてはトピック[021]で説明しています>。したがって、12〜18ヶ月より長く治療しても寛解率を上げることはできそうにない。
[3a] 抗甲状腺薬の投与量は、寛解に影響を与えるか?
甲状腺薬には免疫抑制効果があるという仮説がある(30)。この仮説が本当なら、高用量を投与すれば、寛解率が上がるかもしれない。通常量の抗甲状腺薬を投与した場合と高用量の抗甲状腺薬をした場合を比較した無作為前向き治験によれば、メルカゾール60mg/日以上またはPTU600mg/日以上という高用量を投与した場合(甲状腺機能を正常に維持するためにT4 またはT3 を同時に投与している)、高い寛解率が得られることを示唆している(31)。しかしながら、抗甲状腺薬中止後の観察期間はたかだか2年未満である。最近の4つの無作為対照試験では(32-35)、甲状腺機能を正常にしながら徐々に抗甲状腺薬の投与量を減量する投与法と、T4またはT3で補充しながら高用量の抗甲状腺薬を投与する方法を比較して、寛解率に有意の差は認められなかった。抗甲状腺薬中止後の観察期間は、1年(33)から4〜5年(34,35)までと様々であった。別の研究では、低用量と高用量の抗甲状腺薬を投与中止後2年間、経過を観察して寛解率に差はなかったが、高用量の抗甲状腺薬を投与した場合、再発までの期間が有意に長かった(27週vs9.6週、p<0.04)(36)。高用量の抗甲状腺薬の効果を検討しているほとんどの研究において、高用量の抗甲状腺薬を投与された患者の方が、より多くの副作用がみられた(31,36,37)。このように、最近の研究による証拠は、高用量の抗甲状腺薬治療は有用性がなく、反対に高用量治療法による副作用が問題であることを示唆している。
[3b] 治療開始時の投与量はどれくらいが適当か?
高用量の抗甲状腺薬は甲状腺ホルモン合成をより阻害するので、論理的にはより早く甲状腺ホルモンを正常化させる。実際、想像するほど劇的でないが、高用量薬物療法と低用量薬物療法を比較した研究は、上記の理論を支持する。例えば、一番規模の大きな研究であるヨーロッパ多施設試験(37)では、治療開始3週間後、メルカゾール10mg/日を服用している患者の68%が、40mg/日を服用している患者の83%が甲状腺機能正常になった(P<0.01)。治療開始6週間後には、それぞれ85%、92%が甲状腺機能正常になった(P<0.01)。Pageらは、体内でメルカゾールに変換されるカルビマゾールを使って、低用量と高用量の抗甲状腺薬の効き方を比較検討した(38)。これは、甲状腺機能亢進症の治療前重症度に応じて、抗甲状腺薬の効き方の比較を行っている数少ない研究のうちの1つである。患者は、カルビマゾール20mg/日または40mg/日(ほぼメルカゾール15mg/日と30mg/日に相当する)が割り振られた。治療前の血清T4値(21μg/dlを基準として)により4群に分けた。著者らは、カルビマゾール20mg/日投与群では重症の甲状腺亢進患者(T4>21μg/dl)では4週後に多くの患者が甲状腺機能亢進状態にあり、カルビマゾール20mg/日は不十分な投与量であると述べている【図3】。一方、カルビマゾール20mg/日は軽症の甲状腺亢進患者(T4<21μg/dl)では、ほとんどの患者で十分な投与量であると述べている。カルビマゾール40mg/日は、重症の甲状腺機能亢進症患者のほとんどで適量であるが、軽症患者の50%以上で甲状腺機能低下症を引き起こした。したがって、甲状腺機能亢進症の重症度は抗甲状腺薬の投与量を決める上で重要な因子である。軽度から中等度の甲状腺機能亢進症患者には、メルカゾール10〜20mg/日が治療開始量として適当であると思われる。
[4] 抗甲状腺薬療法中または中止後の甲状腺ホルモン剤同時投与は、寛解に影響を与えるか?
Hashizumeら(39)は、抗甲状腺薬治療を6ヶ月間続け、その後1年間はT4(チラーヂンS)または偽薬を併用し、さらに3年間T4(チラーヂンS)または偽薬を服用する症例を無作為に割り振った。抗甲状腺薬の治療成績はT4(チラーヂンS)を併用することで劇的に改善されることが示唆された(再発率;偽薬投与群35%、T4投与群1.7%)。甲状腺ホルモン剤(サイロキシン;チラーヂンSのこと)を投与することで、内因性のTSHを抑制して甲状腺の抗原性を減少させたことが、この効果を出したと説明された。全く同じプロトコールではないが、同様の追試試験がいくつか行われたが、残念なことに同じ結果を確認できなかった(34 ,40-47)。したがって、現時点では、寛解率を向上させるために抗甲状腺薬とサイロキシンを併用することの正当性はない<注釈:抗甲状腺薬とチラーヂンSの併用療法についてはトピック[021]トピック[045]で述べている>。
[5] 患者にとって抗甲状腺薬療法は良い治療法であるか、または彼女は抗甲状腺薬療法では治りにくく、放射性ヨード治療を最初の治療選択として選ぶ方がいいか?
多くの後ろ向き研究は、抗甲状腺薬治療後に寛解を得やすい患者を治療前にどのような因子で予測が可能かという点に焦点を絞っている(1)。それらの研究を要約すると、ほぼ全ての研究は、比較的小さい甲状腺腫で軽度甲状腺機能亢進症を示す場合が、寛解率が一番高いことを示している(48-50)。年齢、性、眼症の存在、喫煙歴、再発の既往などは、個々の患者を治療する場合、寛解または再発の信頼のおける予測因子ではない。治療前にTSHリセプター抗体が陰性である場合、寛解の良い予測因子であると報告された(51)。しかし、TSHリセプター抗体陰性は、主に軽症の甲状腺機能亢進症患者でみられる。この結果と関連するが、1つの後ろ向き研究(48)と1つの前向き研究(52)は、治療前にTSHリセプター抗体が高い場合、再発率が高いことを報告した。

前述のヨーロッパ多施設試験において、どの因子が寛解を予測できるかを検討した(35)。合計313人の患者を対象として、平均4.3年間、経過観察され、再発率は58%だった(メルカゾール10mg/日;58%、メルカゾール40mg/日;57%)。再発した症例と寛解した症例の間で、年齢、甲状腺腫の大きさ、眼所見、甲状腺機能検査、再発の既往に差はみられなかった。TSHリセプター抗体については検討されていないし、さらに軽症例または甲状腺腫の小さい症例が重症例または甲状腺腫の大きな症例に比べて寛解率が高いかどうかについて調べるために症例を詳細に分析していない。要約すると、症例数の多い後ろ向き研究の結果は正しいように思える:甲状腺ホルモン値が高いことや大きな甲状腺腫は寛解が得られにくい予測因子であるが、この予測因子を前向き試験で確認することは難しい。

症例:2
60歳の女性が、重量減少(6ヶ月間で20ポンド)、神経質、動悸を訴え、来院した。理学的な診察により、脈拍は110/分で、心房細動であることが分かった。眼球突出はなく、眼球運動は正常だった。触診では甲状腺を触れなかった。他の異常は、振戦のみであった。
甲状腺機能検査は、次の通りだった:
フリーT4: 2.6ng/dl(正常0.8〜1.8 ng/dl);T3: 250ng/dl(正常80〜180);TSH: 0.005mU/L以下(正常0.5〜4.0)。甲状腺シンチグラムは、放射性ヨードのびまん性取り込みがみられ、放射性ヨード摂取率24時間値は37%であった。
この患者に対して放射性ヨード治療が勧められた。
1 甲状腺機能と心機能の悪化を避けるために放射性ヨード治療の前または後に抗甲状腺薬を投与するべきか?
2 放射性ヨード治療後に、抗甲状腺薬で治療すると、より早く甲状腺機能は正常になるか?

討 論
[1] 甲状腺機能と心機能の悪化を避けるために放射性ヨード治療の前または後に抗甲状腺薬を投与するべきか?
多くの医師は、放射性ヨード治療後に起こる甲状腺機能の増悪を予防できるという願望を持ちつつ、放射性ヨード治療の前または後に抗甲状腺薬を投与することを勧める(15)。古い研究(53,54)によれば、放射性ヨード治療後に起こる甲状腺機能の増悪は、治療1〜2週間後に起こると記載されている。放射性ヨード治療後に起こる甲状腺機能の増悪は、たぶん放射線性甲状腺炎に因るものと思われる。しかしながら、最近の研究によれば(55,56)、放射性ヨード治療後に起こる甲状腺機能の増悪は治療6〜12週間後にも起こることが分かってきた。この場合は、おそらく放射性ヨード治療3〜6月後にみられるTSHリセプター抗体価の増加に因るものと思われる(57)。古い文献を調べると、McDermottら(58)は、放射性ヨード治療後に起こった甲状腺クリーゼ16例を報告している。放射性ヨード治療後に起こる甲状腺クリーゼの特徴は、放射性ヨード治療を行って平均6日後に発症して、死亡率が25%にものぼることである。彼らは、放射性ヨード治療後に起こる甲状腺クリーゼの頻度は0.34%であると推測している(放射性ヨード治療を受けた2,975例中10例)。しかし、甲状腺クリーゼまではないが放射性ヨード治療後に起こる重症の甲状腺機能亢進症の頻度は、0.88%であると推測している(放射性ヨード治療を受けた2,975例中26例)。この情報を考慮して、一部の甲状腺専門医は、特に高齢者または心疾患を有する症例に対しては放射性ヨード治療前に抗甲状腺薬で治療することを勧めてきた(3)。しかしながら、放射性ヨード治療前に抗甲状腺薬で治療することで実際に放射性ヨード治療後に起こる甲状腺クリーゼ、甲状腺機能の悪化、心機能への悪影響を減らすかどうか調べた研究はない。

ある前向き対照研究では、70例の患者を放射性ヨード治療前にカルビマゾール30mg/日で治療し、放射性ヨード治療後6週間カルビマゾールを投与する群(36例)と放射性ヨード治療前にプロプラノロール<注釈:商品名インデラール>60mg/日で治療し、放射性ヨード治療後6週間プロプラノロールを投与する群(34例)に無作為に割り振った(59)。放射性ヨード治療後、それぞれの群で1人が一過性の悪化がみられた(カルビマゾール投与群では甲状腺機能の悪化が、プロプラノロール投与群では発作性の心房細動がみられた)。別の後ろ向き研究(55)では、放射性ヨード治療前に抗甲状腺薬で治療した症例では、放射性ヨード治療後、フリーT4の一過性増加がみられたのは53%であったが、放射性ヨード治療前に抗甲状腺薬で治療しなかった症例では、放射性ヨード治療後、フリーT4の一過性増加がみられたのは36%であった。しかしながら、放射性ヨード治療前に抗甲状腺薬で治療しなかった症例では、フリーT4値は高く、放射性ヨード治療後の甲状腺機能増悪が起こったときにはフリーT4はさらに高値になった。放射性ヨード治療前に抗甲状腺薬で治療した症例では、フリーT4値は軽度増加しているのみで、放射性ヨード治療後の甲状腺機能増悪も軽度であった。最近の無作為試験では、28人の患者は抗甲状腺薬前治療なしで放射性ヨード治療を受け、28人の患者は放射性ヨード治療の前にメルカゾールで甲状腺機能を正常にして(平均12週間投与した)、放射性ヨード治療を受けた(60)。抗甲状腺薬は放射性ヨード治療の4日前に中止した。抗甲状腺薬前治療なしで放射性ヨード治療を受けた症例では、甲状腺機能(フリーT4とT3)は1ヶ月間の観察期間の間に徐々に下がっていった。一方、放射性ヨード治療前にメルカゾール治療を受けた症例では、メルカゾール中止後に甲状腺ホルモンが増加し、放射性ヨード治療4日前と比べてフリーT4で36%、T3で70%増加した【図4】。にもかかわらず、放射性ヨード治療前に抗甲状腺薬で治療した症例の血清フリーT4とT3値は、抗甲状腺薬前治療なしで放射性ヨード治療を受けた症例のそれと比較して放射性ヨード治療後の全ての時点で、低値を示した。放射性ヨード治療後、数人の患者(抗甲状腺薬で前治療していない群で2例、抗甲状腺薬で前治療している群で3例)で30日後を過ぎても血清フリーT4とT3値が進行性に増加したが、甲状腺機能増悪の間、抗甲状腺薬で前治療していない群に比べて、抗甲状腺薬で前治療している群で血清フリーT4とT3値は低値を示した。

同じようなパターンは、放射性ヨード治療前にメルカゾール治療を受けた群と抗甲状腺薬前治療なしで放射性ヨード治療を受けた群を比較した別の無作為試験でもみられた。放射性ヨード治療後、各群の数人の患者は血清フリーT4とT3値が進行性に増加したが、抗甲状腺薬前治療なしで放射性ヨード治療を受けた群で甲状腺ホルモンは高値を示した【図5】。これら2つの症例数の少ない研究から言えることは、放射性ヨード治療前にメルカゾールを投与するかどうかということは臨床的にはあまり問題にならないように思えるが、両方の研究とも高齢者や合併症を有する症例は除外していることは肝に銘じておかなければならない。

一部の研究者は、抗甲状腺薬中止後の甲状腺機能の増悪は潜在的に危険であると考えおり、大部分の患者で放射性ヨード治療前に抗甲状腺薬を使用することに対して反対の立場を取っている(61)。この懸念に対して、最近の無作為試験で、メルカゾールを中止した日から炭酸リチウム900mg/日<注釈:商品名リーマス>を開始し、2〜3週間投与すると抗甲状腺薬を中止後に起こる甲状腺ホルモン値の増加を予防することができることを示した(62)

結論として、抗甲状腺薬による前治療が放射性ヨード治療後に起こる甲状腺機能の増悪を予防することはまだ証明されていない。しかしながら、放射性ヨード治療後、甲状腺機能が悪化する数少ない患者において、抗甲状腺薬で前治療した患者では、甲状腺機能亢進症の程度ははるかに軽い。抗甲状腺薬中止後の甲状腺機能の軽度の悪化が、高齢者や心疾患を持っている一部の患者にとって臨床的に問題があると認められる場合には、リチウムによる治療を考慮する。
[2] 放射性ヨード治療後に、抗甲状腺薬で治療すると、より早く甲状腺機能は正常になるか?
放射性ヨード治療後に行われる抗甲状腺薬治療は、甲状腺機能正常状態への復帰を早めるかもしれない。また、放射性ヨード治療後の甲状腺機能増悪を予防できる可能性もある;以前の研究では、放射性ヨード治療の前および/または後にメルカゾールを投与すると、放射性ヨード治療後3〜6ヶ月でみられるTSHリセプター抗体価の増加を予防すると報告された(63-65)。放射性ヨード治療後に抗甲状腺薬を投与した効果を調べた2つの無作為試験(66,67)があるが、それらの研究は、放射性ヨード治療後の甲状腺機能の増悪を検討しているというより甲状腺ホルモンの正常化率や寛解率を検討することを目的としている。ある前向き研究において、放射性ヨード治療後、112人の患者をPTU300mg/日、ルゴール液10滴/日、無治療の3つの群に無作為に割り振った(66)<注釈:ルゴール液は、ヨウ化カリウムといってヨード剤です>。放射性ヨード治療後6週目の甲状腺機能は3群間で差がなかった。この結果から、放射性ヨード治療後にPTU(またはルゴール液)を投与する利益は認められなかった。さらに、放射性ヨード治療後にPTUを服用した群では、放射性ヨード治療の効きが悪かった。対照的に、2番目の無作為試験は、159人の患者を放射性ヨード治療の後、block and replace therapy(BRT)<注釈:高用量の抗甲状腺薬と甲状腺ホルモン剤を併用する治療法、BRTについてはトピック[021]で説明しています>によるメルカゾール投与群と無治療群に無作為に割り振った(67)。メルカゾール投与群は無治療群に比べて、より早く甲状腺機能正常になった(2週間vs8週間;P<0.02)。これらの2つの前向き研究のどちらも、今までに報告されている放射性ヨード治療後にみられる臨床的に有意な甲状腺機能の増悪はみられなかった(66,67)。2つの後ろ向き研究では、放射性ヨード治療後にメルカゾールを投与すると放射性ヨード治療の効きが悪くなるという報告をしているが(20,65)、放射性ヨード治療後にメルカゾールを投与する前向き無作為試験は、放射性ヨード治療成績に影響を与えなかった(67)

放射性ヨード治療後、リチウムを投与することは患者にとって利益があるかもしれない。最近の無作為対照試験では、炭酸リチウム900mg/日投与群(放射性ヨード治療後6日間)は、無治療群に比べて甲状腺機能を早期にコントロールできると報告している(68)。しかし、放射性ヨード治療後の甲状腺機能の増悪はどちらの群でもみられなかった。そのため、炭酸リチウムが放射性ヨード治療後の甲状腺機能の増悪を予防するという考えは証明されていないままである。放射性ヨード治療後にリチウムの効果を調べた別の研究(69)と同様に、本研究においても放射性ヨード治療の治療成績に有意の差はみられなかった。

結 論
抗甲状腺薬でバセドウ病患者を治療するにあたり、まだ解決されていない問題の一部について最新情報を臨床医に知ってもらうことが、この総説の目的である。通常、メルカゾールがバセドウ病による甲状腺機能亢進症の治療に好ましい薬である【表1】。高用量の投与量、より長い治療期間、甲状腺ホルモン剤の併用は有益性がみられない【表2】。治療を開始するとき、適切な投与量の選択は臨床経験と判断を必要とする。どの患者が寛解しそうかを前もって知ることは難しいが、軽度の甲状腺機能亢進症、小さい甲状腺腫、TSHリセプター抗体陰性は寛解を予測するための良い指標である。抗甲状腺薬が放射性ヨード治療後の臨床的または甲状腺機能の増悪を予防することを示すデータはほとんどない【表2】。しかし、甲状腺機能の増悪がみられるとき、抗甲状腺薬で前治療された患者において増悪の程度は軽い。放射性ヨード治療前の抗甲状腺薬の中止は、甲状腺機能の軽度の悪化をもたらすが、その悪化が臨床的に問題あるかどうかは分かっていない。抗甲状腺薬中止後のリチウム治療は、甲状腺ホルモン値の増加を予防し、放射性ヨード治療後の甲状腺機能を迅速に正常にする。最後に、バセドウ病の治療として抗甲状腺薬の適切な使用について多くのことが分かっているが、まだ解決されていない問題も多く、今回の主題が今後の臨床研究にとって実り多い礎になることは明白である。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 抗甲状腺薬は、半世紀以上も使用されていますが、いまだに使用法について議論のあるところがいくつかあるということが、今回の情報から分かります。甲状腺専門医の間でも、いろんな意見があり、患者さんも困惑するときがあると思います。A医師とB医師の言うことが違うのは何故かと、疑問に思われたこともあるかと思います。今回の情報を読まれると、その理由がお分かりになるかもしれません。バセドウ病を治療する場合、大体の決まりはあるのですが、それぞれの患者さんにとって、最適の治療は?と自問しながら診療をしているわけです。

今後も常にもっと良い治療法は何かを研究していくことは、甲状腺専門医に科せられた義務と思います。

今回のテーマと関連した以下のページを参考にしてください。
小児のバセドウ病に対する治療、特に放射性ヨード治療について
ヨーロッパ、日本、およびアメリカでのバセドウ病の診断と治療における類似点と相違点
バセドウ病:抗甲状腺剤、手術あるいは放射性ヨードによる治療…前向き、無作為試験
薬剤療法:甲状腺機能亢進症の管理
実地臨床:潜在性甲状腺機能亢進症
妊娠中および授乳中の抗甲状腺薬使用について
医学の進歩:バセドウ病
バセドウ病による甲状腺機能亢進症
活動が強すぎる甲状腺
甲状腺機能亢進症:甲状腺が活動し過ぎている場合
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参考文献]・[もどる