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甲状腺機能低下症は甲状腺からの甲状腺ホルモンの分泌低下の結果として生じる。米国では、甲状腺機能低下症の最も多い原因は慢性甲状腺炎(橋本病)である。他の原因では放射性ヨード治療後、頚部への外照射後、甲状腺手術後と甲状腺ヨード有機化障害、正常甲状腺組織がリンパ腫のような腫瘍に置き換わってしまったとき、リチウムやインターフェロンなどの薬剤によるものなどがある。二次性甲状腺機能低下症としては脳下垂体性と視床下部性がある。甲状腺機能低下症の原因は、しっかり診断するべきである。 |
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症状は一般に甲状腺機能低下の期間と程度、甲状腺機能低下症が起こる速度と患者の心理上の特徴と関係がある。甲状腺機能低下症の症状には次のようなものがある。 |
- 疲労
- 水分貯留による体重増加
- 皮膚乾燥と寒がり
- 皮膚黄染
- 脱毛
- 嗄声
- 甲状腺腫
- アキレス腱反射弛緩相の遅れ
- 運動失調
- 便秘
- 記憶障害と精神障害
- 集中力低下
- うつ病
- 月経不順と不妊
- 筋肉痛
- 高脂血症
- 徐脈と低体温
- 粘液水腫
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ほとんどの内科医は甲状腺機能低下症を診断し、治療できるが、特殊な状況では甲状腺疾患の診察に慣れた内分泌医が甲状腺機能低下症の些細な症状にも気付きやすく、甲状腺の触診にも熟練している。次のような状況の場合には、内分泌専門医に紹介することを勧める。 |
- 18才以下の患者
- 治療が効きにくい患者
- 妊娠している患者
- 心臓病をもっている患者
- 甲状腺腫、結節性病変などの甲状腺の形の異常をもつ患者
- 他の内分泌疾患をもつ患者
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すべての慢性甲状腺炎の患者が甲状腺機能低下症になるわけではないし、あるいは甲状腺機能低下症をもっていたとしても、ずっと一生甲状腺機能低下症のままであるとは限らない。稀に、慢性甲状腺炎患者では甲状腺機能低下症から機能正常になったり、TSHレセプター刺激抗体(TSIあるいはTRAb)による甲状腺機能亢進症すなわちバセドウ病にさえ変わることがある。もしこれらの患者が甲状腺ホルモン剤治療中なら、減量あるいは中止さえ必要になるかも知れない。それ故に、適切なフォローアップは重要である。患者には治療に変更がありうることを知らせるべきである。患者が甲状腺腫を持っている時には、注意深い問診と診察を含めた評価と適切な検査が行われるべきである。慢性甲状腺炎を持っている患者は、白斑、リウマチ様関節炎、アジソン病、糖尿病、悪性貧血のような他の自己免疫疾患などの出現率が高い(2,28)。 |
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[検査所見] |
甲状腺機能低下症の診断と病因を確立するために、最も費用効果が高い方法で検査を行うことが必要である。最も価値あるテストは高感度TSH測定法である。血清TSH測定は甲状腺機能低下症の診断を確立するための主要なテストとして用いられるべきである。
次の検査も追加される。 |
- フリーT4
- 甲状腺自己抗体(甲状腺ペルオキシダーゼ抗体<注釈:抗TPO抗体>あるいは抗サイログロブリン抗体<注釈:抗Tg抗体>)
- 甲状腺シンチ、超音波
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[鑑別診断] |
慢性甲状腺炎患者の甲状腺の大きさは萎縮、正常大、あるいは腫大とさまざまである。甲状腺自己抗体が慢性甲状腺炎患者の95%で陽性で、高い抗体価は診断の一助になる。甲状腺結節は慢性甲状腺炎で珍しくなく、その結節は甲状腺癌の危険性(5%)も少しある。慢性甲状腺炎を持っている患者での甲状腺の突然の腫脹は甲状腺悪性リンパ腫の存在を疑わせる。
橋本病患者は高感度TSHを含め甲状腺機能検査では異常がないかも知れない。潜在性甲状腺機能低下症患者ではT4、フリーT4、T3値は正常で高感度TSHが高値である。顕性甲状腺機能低下症患者ではT4、フリーT4値は低値で高感度TSHは高値を示す(28,29)。 |
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[慢性甲状腺炎と顕性甲状腺機能低下症] |
慢性甲状腺炎と顕性甲状腺機能低下症の治療と管理は個別の患者に合わせて計画されねばならない。多くの内分泌医は、血清TSH値が正常でも甲状腺腫に対して甲状腺ホルモン剤を投与する。すべての医師は、顕性甲状腺機能低下症に対して甲状腺ホルモンによる補充療法をするであろう。潜在性甲状腺機能低下症に対する治療に関しては、次の項目で説明する。
AACEは高品質の甲状腺ホルモン剤製剤(T4)の使用を勧める。T4製剤の生物学的等量は、血清TSH値ではなく、血清T4値に基づいて判断する。ゆえに、一般に、生物学的等量は治療等量と同じではない。さらに、いくつかのT4製剤は標準のT4製剤と比べて、品質が劣る。治療中は同じ商標のT4製剤を使用することが望ましい。一般的に、甲状腺ホルモン粉末、甲状腺ホルモンの合剤、あるいはT3製剤は補充療法として用いられるべきではない。投与量は個別の患者で異なるであろうが、現時点ではT4の平均投与量は1日に1.6マイクログラム/kgであると思われる<注釈:日本で使用されている甲状腺ホルモン剤は、チラーヂンSであり、25マイクログラム、50マイクログラム、100マイクログラムの3種類の錠剤がある>。最適補充量に達するまでの期間は、患者によって違う。T4の投与開始量は年齢、体重、心臓の状態、甲状腺機能低下症の重症度や期間によって、12.5マイクログラム/日から最適補充量/日までさまざまである。重要なことは、別のT4製剤に変更したときや投与量を変更した場合には、6週間後に甲状腺機能を調べて、投与量を調整すべきである。その検査には、血清TSHが最も重要であり、場合によってはフリーT4
が含まれるかも知れない。一端、TSHレベルが正常範囲になったら、診察の頻度は減らすことができる。それぞれの患者の状態で違ってくるが、普通、フォローアップは6ヶ月毎に、それで変化なければ1年毎に延ばす。フォローアップでは、問診と診察が適切な検査と一緒に行われるべきである。甲状腺ホルモン剤を服用している患者に対しては、甲状腺疾患について又は合併症について説明することによって患者と一緒に治療計画をたてることで、患者の服薬状況を良くすることができる。
甲状腺ホルモンの吸収は吸収不良や年齢に影響をうける。さらに、市販のT4製剤は生物学的活性(等量)が一定とは限らない<注釈:例えば、50マイクログラムの錠剤を比較すると、含まれているT4の量が違うことがあるということである。日本の場合、チラーヂンSしか販売されていないので心配ありません>。T4は治療域が狭いので、吸収におけるちょっとした違いが潜在性あるいは顕性甲状腺機能低下症または甲状腺機能亢進症になる。薬物相互作用が同じく問題になる。例えば、コレスチラミン<注釈:高コレステロール血症のクスリ(商品名クエストラン)>、硫酸鉄<注釈:鉄剤として貧血で服用する>、アルサルミン<注釈:潰瘍のクスリ>、カルシウム、アルミニウム水酸化物を含んでいる制酸薬などがT4吸収を妨害する。抗痙攣薬は甲状腺ホルモンの蛋白との結合に影響を与える。抗結核剤(リファンピシン<注釈:商品名リファジン>)やsertraline
hydrochloride<注釈:抗うつ剤、日本では発売されていないようです>のような薬はT4の代謝を速めるので、より多くのT4投与量を必要とするかもしれない。医師は吸収特異性と薬物相互作用を考慮してT4投与量の適切な調整をすることを要求される。不適当なT4補充療法は、患者の診察回数増加と検査ために医療費の無駄遣いの原因になる(28,30-35)。
最近、T3とT4の併用療法やブタの甲状腺末による治療の有用性について再び、関心が寄せられてきている。しかし、少人数を対象とした研究で、薬物の投与もたった5週間しか行っていない。治療効果の判定は、気分の変化に基づいている。投与するT3とT4の比率は、ブタの甲状腺末とは比率が異なっている。このT3とT4の併用療法で、一部の患者で症状の改善がみられたと報告しているが、追試はなされていない(36,37)。どちらにしろ、どのような甲状腺機能低下症の患者が、T4単独投与よりT3とT4の併用療法に適しているかどうかというはっきりした基準はない。 |
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[潜在性甲状腺機能低下症] |
潜在性甲状腺機能低下症というレッテルをはられた疾患については多くの論議があった。血中TSHは軽度高値だがフリーT4、フリーT3は正常値を示す状態を潜在性甲状腺機能低下症と呼ぶ。潜在性甲状腺機能低下症は、早期の甲状腺機能不全の状態と考えられるにもかかわらず、このような患者は症状を持たないこともある。潜在性甲状腺機能低下症の頻度は想像以上に多く、報告によれば1〜10%であり、妊婦、高齢者、ヨード摂取の多い人で頻度が高い。通常、潜在性甲状腺機能低下症は症状がなく、ルーチンのTSHスクリーニング検査で見つかる。潜在性甲状腺機能低下症の原因疾患で一番多いのは、慢性甲状腺炎(橋本病)である。潜在性甲状腺機能低下症が将来、顕性甲状腺機能低下症になる確率は3〜20%であり、甲状腺腫または甲状腺自己抗体(両方)をもっていれば顕性甲状腺機能低下症になる確率は高くなる(16,18)。
潜在性甲状腺機能低下症は症状のないことが多いが、将来、顕性甲状腺機能低下症、心血管系に与える悪影響、高脂血症、精神神経障害を起こす危険性を持っている(16,19)。最近の研究から、潜在性甲状腺機能低下症を治療することで心血管系の危険因子を減少させ、脂質代謝を改善し、神経行動異常を最小限に食い止めることが分かってきた(19,20)。しかし、これらの研究の一部において、対象が血清TSH10mU/L以上の症例が含まれている。血清TSH5〜10mU/Lの軽度症例については、治療効果については一致した結果が出ていない。
潜在性甲状腺機能低下症患者が甲状腺ホルモン剤治療を受けるかどうかについては論争されてきた。最近では、治療賛成派と反対派に分かれている(19,21)。我々は、血清TSH10mU/L以上の場合もしくは血清TSH5〜10mU/Lでも甲状腺腫または甲状腺自己抗体(両方)がある場合には、甲状腺ホルモン剤による治療をする方が望ましいと考える。この条件を満たす患者は、将来、顕性甲状腺機能低下症になる危険性が高いからである。甲状腺ホルモン剤は25〜50μg/日から開始し、6〜8週間後に血清TSH値を測定し、甲状腺ホルモン剤の投与量を決める。
血清TSHを0.3〜3.0mU/Lに保つよう甲状腺ホルモン剤の投与量を決める。一旦、血清TSHが安定したら、年一回の診察でよい<注釈:アメリカは医療費が高いために、診察回数はなるべく少なくしようとするが、実際には、年2回くらいの診察が適していると思う>。 |
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妊娠中、顕性甲状腺機能低下症を治療しないで放置すると、妊婦の高血圧、子癇前症、貧血、産後出血、心不全、自然流産、胎児死亡、死産、出生児低体重児、知能低下(可能性が報告されている)の頻度が高くなる(38)。住民検診の研究から、いくら軽度で無症状であっても、母親の潜在性甲状腺機能低下症を治療しないで放置すると、生まれてくる児の認知能力に障害が生じる可能性が示唆され、妊娠中に甲状腺ホルモン剤で治療することでその児の認知障害を防ぐことができることが示された(39)。妊娠中に血清TSH値が軽度増加していると、流産の危険性が高まるかもしれないが、甲状腺ホルモン剤の治療によって流産が予防できるかについては分かっていない。妊娠中に血清TSH値が軽度増加している妊婦のほとんどで、血清TSH値や甲状腺ホルモン値とは関係なく、甲状腺自己抗体自体が流産の原因になっているかもしれない(38,40)。甲状腺ホルモン剤は妊娠中に服用しても安全なので、たとえ軽度の甲状腺機能低下症であっても、すべての甲状腺機能低下症を持つ妊婦は、妊娠中、甲状腺ホルモン剤で補充療法を受けるべきである。さらに、甲状腺機能低下症をみつけるために、妊娠前と妊娠初期に血清TSH値をチェックするべきである。
甲状腺機能低下症または慢性甲状腺炎の女性が妊娠した時、甲状腺機能が変化するかも知れない。甲状腺機能は良くなることもあり、悪くなることもある。一般に、中程度から高度の甲状腺機能低下症患者が妊娠したときには甲状腺ホルモンの補充量は増やす必要がある。これらの妊婦は、甲状腺ホルモン剤の投与量が適切かどうかを評価するために、妊娠中は6週間毎に血清TSHを測定するべきである(41-43)。 |
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[糖尿病] |
IDDM(タイプ1)糖尿病を持っている患者のおよそ10%が、慢性甲状腺炎を持っており、知らないうちに潜在性甲状腺機能低下症に陥る例もある。糖尿病患者では、甲状腺が腫れていないかどうか触診をするべきである。もし甲状腺が腫れてきたり、他の自己免疫疾患があるなら、糖尿病の患者で定期的に高感度TSH測定がなされるべきである。さらに、IDDM(タイプ1)糖尿病女性患者の25%以上が産後甲状腺炎になるであろう(44,45)。 |
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[不 妊] |
不妊と月経不順のある患者の一部に、慢性甲状腺炎による潜在性あるいは顕性甲状腺機能低下症が原因のものがいる。典型的には、これらの患者では甲状腺機能低下症よりどちらかというと、不妊、流産のために医療機関を受診することが多い。慢性甲状腺炎は注意深い問診、診察と適切な検査によって診断できる。TSH高値がみられる患者に対し、甲状腺ホルモン剤を投与すると月経周期を正常化して、正常な受精能が復活するかも知れない(2,28,46)。 |
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[うつ病] |
潜在性あるいは顕性甲状腺機能低下症の存在は、うつ病すべての患者で考慮されなくてはならない。実際に、うつ病をもつ患者の一部に顕性あるいは潜在性甲状腺機能低下症がみられる。さらに、うつ病の治療薬であるリチウムは甲状腺腫と甲状腺機能低下症を誘発するので、すべてのリチウム治療中のうつ病患者は、定期的な甲状腺機能検査を必要とする。
慢性甲状腺炎、潜在性あるいは顕性甲状腺機能低下症の診断はTSH高値と甲状腺自己抗体陽性によりなされる。適切な甲状腺ホルモン剤補充療法が開始されるべきである。精神科診療の場で時折、甲状腺機能は正常にも拘わらず、若干のうつ病患者が、甲状腺ホルモンを投与されていることがある。甲状腺ホルモン剤治療のみで、なんらかの形でうつ病を軽減するという証拠はいまのところない(28,33)。 |
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[Euthyroid Sick Syndrome] |
慢性疾患をもつ患者での甲状腺機能の評価は難しい。副腎皮質ホルモン剤やドーパミンなど多くの薬剤が甲状腺機能に影響を与える。さらに、患者が病的状態や飢餓状態にある時、からだの代謝を減らせることによって代償しようとするために、甲状腺機能は一般には、TSH正常か低値、フリーT3低値とフリーT4低値を示す。血清TSH値が10mU/L以下なら、患者が病的状態から回復するまで、甲状腺ホルモン剤による治療はしないで経過をみるべきである。甲状腺ホルモン剤治療を始める前に、臨床内分泌医によって甲状腺機能の評価がなされることが適切と思われる。 |
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