情報源 > 更に詳しい情報
[048]
[048]
妊娠時の甲状腺機能低下症:新生児の健康に及ぼす影響
Smallridge RC, Landenson PW
J Clin Endocrinol Metab 86: 2349-2353, 2001

母体と胎児の甲状腺生理学
妊娠はいろんな要因により甲状腺機能に影響を与える。すなわち、母体の視床下部−下垂体−甲状腺系が一連の調節を行うだけでなく、胎児の視床下部−下垂体−甲状腺系が発達してくること、胎盤がヨードや甲状腺ホルモンの通過や代謝に重要な役割を果たすことで甲状腺機能に影響を与える。このように、妊娠中は甲状腺を調節する3つの機構が存在する(1)

妊娠初期には女性ホルモンのひとつエストローゲンが、代謝されにくいタイプのT4結合グロブリン(TBG)の産生を促進するために、血清TBGが高くなるのでT4値も高値を示す(1-3)<注釈:TBGが増加するとT4値が見せかけ上、高値を示す。フリーT4を測定すれば、真の値が分かる>。一過性のフリーT4の低下とそれに伴うTSHの増加がみられるが(3)、この現象は通常の甲状腺機能検査では分かりにくい。

妊娠初期には絨毛性性腺刺激ホルモンの産生が増加する。その絨毛性性腺刺激ホルモンが甲状腺のTSH受容体(レセプター)に結合して、甲状腺ホルモン産生を増加させるために、一過性に血中フリーT4が高値に、血中TSHは抑制される。最終的な生理的変化は、母体T4の胎盤での脱ヨード化(これによりT4の代謝が促進される)によるものである<注釈:脱ヨードというのは甲状腺ホルモンに結合しているヨードが外れることである。そして、甲状腺ホルモンは血中から消失するのである>。正常妊婦では、甲状腺機能は血中T4、TSH値が多少、変動するもののほぼ正常を保つ。しかし、甲状腺に対する自己免疫ヨード欠乏など甲状腺機能の予備力が少ない妊婦の場合には、甲状腺機能低下症になる可能性がある【図1】

妊娠10〜12週頃より胎児の甲状腺は作られ始められるが、出産時でも甲状腺は完全なものではない。胎児の甲状腺では、T4は妊娠18〜20週までは産生されない(1,3)。T4は、神経発生、神経の移動、神経細胞の軸策や樹状突起の形成、髄鞘の形成、神経接合部の発生、神経伝達物質の調節など脳の発達に必須なものである(4)。甲状腺ホルモンの需要は妊娠が進むにつれて、増加していく(5)。しかし、特に重要な時期は妊娠中期である(6)

以前考えられていたこととは違って、現在では甲状腺ホルモンは胎盤を通過することが分かっている。動物実験で、母体のT4は胎児の血液中にみられる(5)。ヒトでは、妊娠4週から胎児の体腔液中にT4が確認できる(7)。甲状腺無形成<注釈:生まれつき甲状腺のないこと>や甲状腺の奇形で甲状腺ホルモンが作れない場合でも、新生児の臍帯血にT4を確認できる(8)

甲状腺機能異常の原因
甲状腺機能異常の原因は、胎児、胎児と母体の両方、母体に区別される【表1】。胎児の甲状腺機能低下症は永続性<注釈:一生涯のもの>のもと一過性<注釈:一時的で良くなるもの>のものがある。一過性というのは、甲状腺ホルモンを作るのを阻害する自己抗体や抗甲状腺剤が胎盤を通過したためか、未熟児の視床下部−下垂体−甲状腺系の発達が未熟なために甲状腺機能低下になっている場合である。母体と胎児の甲状腺機能低下症が存在する場合は、原因はほとんどヨード欠乏であるが(2,3,6)、希にTSH結合阻害型グロブリン(TBII: TSH binding inhibitory immunogloburin)に起因することもある(9)。重篤な妊婦の甲状腺機能低下症はそれほど多くはないが、FT4(フリーT4)が正常でTSHが軽度増加している軽い甲状腺機能低下症は全妊婦の2.5%にみられるという報告がある(10)

妊婦の重篤な甲状腺機能低下症の影響が重大であるのと同じく、胎児や新生児における極端なヨード不足や先天性甲状腺機能低下症の影響は重大な問題である。胎児の甲状腺機能低下症の重症度、甲状腺機能低下症の発症時期と期間、新生児に対する甲状腺機能低下症の治療が、胎児と新生児の脳の発達に影響を及ぼす。現在では、母体の軽度の甲状腺機能低下症(軽度ヨード不足、甲状腺自己免疫、不十分な甲状腺ホルモン補充療法)でさえも胎児の脳の発達に影響を及ぼすかもしれないと信じられている。しかし、この考えはまだ十分に解明されたわけではなく、解決しなければならない疑問点が多くある。

胎児の健康と神経系の発達における影響:背景
胎児の甲状腺機能低下症
先天性甲状腺機能低下症は約4,000人に1人の割合で生まれてくる。85%は非遺伝性の甲状腺の先天性奇形によるものである。次に多いのが遺伝性のもので、PAX-8、甲状腺転写因子2(TTF2)、甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)、サイログロブリン(Tg)、ナトリウムーヨードシンポーター(NIS)などの遺伝子突然変異によるものが報告されており、頻度は低いがその他の原因もある(9)

1970年代はじめころまでは、先天性甲状腺機能低下症を持つ子供の40%は、知能が低かったために特別の教育を必要とした。現在、先進国では新生児のマススクリーニングが行われており、先天性甲状腺機能低下症を持つ子供の10%のみが特別の教育を必要とするまでに減少している(11)。7つの研究のメタ分析では、675人の先天性甲状腺機能低下症を持つ子供のIQ(知能指数)は570人の健常児のIQを比較すると平均6.3ポイント低いことが報告されている(12)。甲状腺機能低下症の重症度と期間が知的発達の障害と関連する。甲状腺機能低下症の重症度と期間は、出産時の血清T4値と骨の成熟度によって評価できる。血清T4値が2μg/dl以下で膝蓋骨の表面積が0.05cm2以下の場合には、中等度の先天性甲状腺機能低下症児のIQより12〜16ポイント低い(9)

Derksen-LubsenとVerkerk(12)は、先天性甲状腺機能低下症児の脳の障害は少なくともある程度は子宮内で起こると推論している。しかし、2つの治療法の工夫、すなわち早期治療、高用量の甲状腺ホルモン剤(T4)の投与が知的発達における甲状腺ホルモン不足を解決し、改善するかもしれない(9,11)。Rovet(4)は、長期間経過観察を行い、13歳以上の先天性甲状腺機能低下症児は健常児に比べてIQ(知能指数)が平均8.5ポイント低いことを報告している。これらの児童は記憶力、空間視覚、運動能力の低下がみられた。この障害は、甲状腺機能低下症の重症度と関連していた。さらに、これらの児童の30%は治療が不十分であった。

胎児の甲状腺機能低下症は一過性のこともある。自己免疫性甲状腺疾患を持つ妊婦では、TSHレセプター結合阻害型抗体(TBII: TSH binding inhibitory immunogloburin)が胎児の一過性の甲状腺機能低下症を引き起こす(9)。この抗体が胎児に移行しても、通常は出産後2〜3ヶ月もすると、甲状腺機能低下症は改善するが、甲状腺機能低下症がずっと続くかどうかは不明である。抗甲状腺剤もまた胎盤を通過して胎児の甲状腺腫や臍帯血のTSHを増加させることがある。ある研究では、妊娠中にメルカゾールもしくはチウラジール(またはプロパジール)を服用していた妊婦から生まれた4〜25歳の人のIQ(知能指数)は同年齢の健常者と同じであった(13)

未熟児は生後数週間、血中T4、T3が低値のことがある。多くの因子が関与する、例えば、視床下部−下垂体−甲状腺系の調節が未熟なこと、栄養状態が悪いこと、非甲状腺疾患でみられる状況などである(14,15)。この低T4血症は生理的なものなのか、治療を要するかについては議論中である。Ruessら(16)は極端な低T4血症がある場合には、脳性麻痺やIQ(知能指数)低下になる危険性が増すと報告している。Van Wassenaerら(17)らは、6週間サイロキシン(T4)治療を行えば、2歳までには知能や精神運動機能は正常になることを示している。しかし、あくまでもこの治療の恩恵に与れるのは、27週未満の未熟児だけに限られる。
母体と胎児の甲状腺機能低下症
母体と胎児の両方の甲状腺機能低下症がみられるのは、主にヨード欠乏地域である。最も重篤なタイプは神経学的クレチン症と呼ばれ、極端な知能低下(IQ 29未満)や歩行、運動障害がみられる(6)。このようなヨード欠乏地域の学童は学校生活では問題がないが、運動能力や視覚に障害があることが報告されている(18)。これらの障害は、妊娠中の血中T3ではなく、血中T4と関連していると言われている(19)。さらに、できるだけ妊娠早期(妊娠初期か妊娠中期までで、妊娠後期では治療効果がない)のヨード投与による治療によって、児の神経学的な障害を改善できる(20)

近年、胎児に対して軽度〜中等度のヨード欠乏が与える影響について認識されてきた。母体や胎児に及ぼす影響としては、甲状腺腫大や血清サイログロブリン高値がみられる。母体は血清T4値が比較的低いにもかかわらず、胎児は血清T4値、TSH値は正常を保つ(2)。学業の成績は低下しているかもしれないし、いろいろな神経精神知能障害の報告がある(3)。妊娠中のヨード補充(100〜200μg/日)は母体および胎児のヨード欠乏状態を改善し、甲状腺腫を縮小させ、血清サイログロブリン値も低下させる(2)。ヨード補充により、胎児の神経認知能力が改善するかどうかは今後の研究課題である。

例えばアメリカのようなヨード摂取が十分と思われている国でも、安心してはいけない。最近行われた全国的健康および栄養調査では、この20年間で尿中ヨード排泄(ヨード摂取と尿中ヨード排泄は平行する)が少ない女性の割合が増えているという結果が出ている(【図2】(21))。この尿中ヨード排泄が少ない女性の割合は、WHOが決めている中等度ヨード欠乏地域(人口の20%)と比べるとまだ低いが、妊婦の一部には先に述べたようなヨード欠乏による甲状腺への影響が出る可能性がある。
母体の甲状腺機能低下症
妊婦の軽度および顕性甲状腺機能低下症の頻度は、Kleinら(10)によって報告されている。妊娠15〜18週の妊婦の2.5%(2,000人中49人)が血清TSH6mU/L以上であった。顕性甲状腺機能低下症(血清TSH高値かつ血清T4低値)は0.3%でみられた。Glinoer(2)は、妊婦1,900人中2.2%で血清TSHが高値であったと報告している。血清TSHが高値であった41人中16人(19%)で抗TPO抗体が陽性であった。一方、Fukushiら(22)は、日本人女性70,632人中102人(0.14%)でのみ血清TSH高値がみられたにすぎないと報告している。

北米では、妊婦の甲状腺機能低下症は主に慢性甲状腺炎によるものである。妊娠中の甲状腺機能低下症を治療しないで放置すると、前子癇、出生時低体重児、早期胎盤剥離、自然流産、周産期死亡などの重篤な合併症の危険性が増す。サイロキシンで治療すると、これらの合併症は減少する(23)

母体の甲状腺機能低下症が胎児の脳の発達に影響を与えるかどうかについては、まだ解明されていないが、最近の数編の論文から母体の甲状腺機能低下症があれば、胎児のIQ(知能指数)に影響を与えることが示唆されている(24-26)。これらの研究は、母体に軽度の甲状腺機能低下症がみられても、胎児の脳の発達に影響を及ぼすことへの関心を高めた。事実、数人の研究者は妊娠中や妊娠前に甲状腺機能検査のスクリーニングをすべきであると提案している。経済的な負担も無視はできない。そこで、潜在的に潜む問題点だけでなく、具体的なメリットも理解することが重要になってくる。

1970年代、Manら(24)は甲状腺機能低下症に甲状腺ホルモン剤を投与した場合のIQ(知能指数)に及ぼす効果について研究した。T4値はBEI(ブタノール抽出ヨード)で代用した。彼らは、ロードアイランドに在住する妊婦1,348人中3%でBEI値が低いことを報告した。このBEI低値の妊婦から生まれた子供が4歳と7歳のときに知能検査を行い、甲状腺機能正常の妊婦から生まれた同年代の子供の知能指数に比べて、それぞれ6ポイント、5ポイント低いことを報告した。

7歳のとき、BEI低値の妊婦から生まれた子供の24%がIQ(知能指数)80以下であった。一方、甲状腺機能正常の妊婦から生まれた同年代の子供の10%のみがIQ(知能指数)80以下であった。さらに、母体を甲状腺ホルモン剤で治療すると、児のIQ(知能指数)の改善がみられた。この研究では、母体のヨード摂取量や甲状腺自己抗体については調べていない。

1999年に、Popら(25)はヨード摂取が十分な国であるオランダに住む10ヶ月のベイビー220人に対して知能および精神運動の発達に関する研究を行った。彼らは、妊娠12週における母体のフリーT4値が低い方の10%に入っていたら、胎児は精神運動遅延を起こす危険性が増すことを見いだした。このフリーT4値が低い方の10%に入っていた妊婦では、抗TPO抗体の陽性率が普通の妊婦の3倍の高さであった(25%対8%)。しかし、神経認知能力異常に関する因子として、低T4値以外のものの存在もありうる。子供の発達障害を来すことが知られている母親のうつ病が、一部の妊婦でみられた。過去の研究では、Popらは抗TPO抗体陽性だが甲状腺機能は正常である母親から生まれた子供が5歳になったときにGestalt Cognitive Scale検査を行ったところ、発達が遅れていたことを報告している(27)

同じ1999年に、Haddowら(26)は25,216人の妊婦を調べて、血清TSHが高い方の0.3%(47人)か血清TSHが高い方の2.0〜0.4%まででなおかつT4値が7.75μg/dl以下(15人)の妊婦から生まれた子供62人の神経精神学的検査を行った。甲状腺機能低下症を持つ母親では、平均血清総およびフリーT4値は30%低かった。この甲状腺機能低下症を持つ母親62人中48人は、妊娠中に甲状腺ホルモン剤治療を受けていなかった。甲状腺機能低下症を持つ母親から生まれた子供は健常児に比べてIQ(知能指数)が平均7ポイント低かった。さらに、甲状腺機能低下症を持つ母親から生まれた子供では、IQ(知能指数)が85以下の頻度が19%と高かった(甲状腺機能正常妊婦から産まれた子供のIQ(知能指数)が85以下の頻度は5%であった)。14人の甲状腺機能低下症を持つ母親は妊娠中に甲状腺ホルモン剤で治療は受けていたが、治療が不十分であり、甲状腺ホルモン剤で治療を受けていなかった48人と比べて、甲状腺機能に差はなかった。にもかかわらず、妊娠中に甲状腺ホルモン剤で治療を受けていた妊婦から生まれた子供はIQ(知能指数)が正常で、IQ(知能指数)85以下は一人もいなかった<注釈:この点が今でも納得いかないところである。最初にこの論文を読んだときにすぐ感じた疑問である>。甲状腺機能低下症を持つ母親では、抗TPO抗体陽性率は77%であったが、甲状腺機能正常妊婦では抗TPO抗体陽性率は14%であった。

最近、Smitら(28)は潜在性甲状腺機能低下症を持つ母親から生まれた子供の発達について報告している。彼らは、6ヶ月と12ヶ月の知能発達は遅れていたが、24ヶ月では知能の遅れはなかったと報告している。精神運動、神経生理学的および神経学的検査では異常はみられなかった。妊娠初期に甲状腺機能低下症がみられたが(全員T4低値:TSH25〜190mU/L)、甲状腺ホルモン剤治療にてその後は甲状腺機能は正常になった母親から生まれた子供に対して、4〜10歳時に行った知能検査では、IQ(知能指数)に異常がみられなかったという報告がひとつだけある(29)

甲状腺ホルモン剤で治療中の患者も含めた甲状腺機能異常を持つ妊婦に対して、妊娠中は慎重に経過を観察する重要性は10年以上前から認識されている。最近発表された17の論文をまとめると、妊娠中もしくは妊娠が分かったときの妊婦12,592人の抗TPO抗体もしくはマイクロゾームテスト<注釈:MCHAともいい抗TPO抗体と意義は同じだが、感度が低いので最近はあまり調べられない。しかし、最近は医療財源の問題から、検査料が安いという理由でこの感度の低い検査をするように厚生労働省から圧力がかかっている)の陽性率は10%(2.8〜19.6%)である(30)。妊娠中にはT4の代謝が早くなり、T4不足になりやすい。
抗TPO抗体もしくはマイクロゾームテスト陽性の妊婦は甲状腺機能の予備力が少ないために妊娠中には母体と胎児の甲状腺機能低下症になる可能性がある。
さらに、甲状腺機能低下症で治療中の患者は妊娠中、甲状腺ホルモン剤を増やす必要が生じる場合がある(31)。4つの研究をみると(合計108人)、58%で血清TSH値が高くなっていた。サイロキシン<注釈:日本ではチラーヂンS>の投与量は117μgから150μgに増量されている【表2】

将来の方向性
胎児の甲状腺機能低下症
先天性甲状腺機能低下症のマススクリーニングは、早期発見・早期治療を可能にして、先天性甲状腺機能低下症を持つ子供の知能発達に著明な貢献をしてきた。しかし、スクリーニングが始まって長期経過を調べて分かったことは、重症の先天性甲状腺機能低下症児では、治療したにもかかわらず、神経精神学的遅延(4)やIQ(知能指数)低値が持続することである(9,12)。最近の治療の進歩で(早期に治療開始し、高用量のサイロキシンを投与すること)、前述した問題はかなり改善してきた。治療によってどれくらい知能発達が改善されるのか、また成人としての教育、職業的能力を達成できるのか(4)などを明らかにするために、さらに研究を要する。高用量のサイロキシン治療は、集中力持続や骨の発達と関係してくる、特に過剰投与の場合には注意を要する(9)。最初の数年、それから学童期、思春期までの定期的な血清T4値とTSH値の検査が重要である。

未熟児の一過性低T4血症が治療を要するかどうかは、現在研究されている。いくつかの研究では、未熟児の一過性低T4血症を放置すると神経学的な障害を残すと報告している(16)。ある研究では、6週間のサイロキシン治療で神経学的な障害がみられなくなると報告している(17)。今までの報告の追試、低T4血症の定義、どれくらいのサイロキシンを投与すればいいのか(14)などについて、さらに研究を要する。T3の重要性を研究することも正当化されるし、一過性低T4血症をもつ未熟児を学童時期まで経過観察することも重要である。
母体および胎児の甲状腺機能低下症
重症のヨード欠乏は、大きな国際問題である。地方性クレチン症<注釈:ヨード欠乏地域のクレチン症>に油性ヨードを注射する利益は重要なことである。それによって、クレチン症の子供の数が激減した(6)。セレニウム欠乏やチオシアネート(カッサバ【タピオカの原料】に含まれる)の摂取などの甲状腺機能障害を引き起こす他の原因が、ヨードによる予防効果をある意味で複雑なものにしている。妊娠中期までに母体のT4を正常化することが胎児の脳の発達に必須なので、妊娠前や妊娠初期のヨード治療が最終目標である(6,20)

軽度〜中等度のヨード欠乏地域において軽度の神経学的および運動能力の低下が認められれば、健康管理者はすぐに妊婦にヨードを投与する必要がある。WHOは、妊婦が摂取するヨード必要量を200μgと推奨している(3)。いくつかの研究でヨードを摂取することで甲状腺機能が改善することは分かっているのだが、母体のT4におけるヨード摂取の効果についてはまだ分かっていない部分が多い。ある研究では、ヨードカリウム100μgの摂取は母体の血清TSHの増加を防ぐが、血清FT4の増加はみられないと報告している。このことからいくつかの疑問が湧いてくる。妊婦におけるヨードの最低限摂取量は一体どれくらいなのか? 妊婦は尿中ヨードを調べることでヨード摂取量をモニターすべきなのか? もし、それを行うなら十分なヨード摂取量はどれくらいなのか? 妊婦によってはヨード摂取に加えてサイロキシンを服用する必要があるのか?

アメリカでは妊婦20人に1人の割合で尿中ヨードが低いことが分かってきたために、新たな疑問が持ち上がってきた。このような尿中ヨードが低い妊婦はどのような人たちであろうか? 社会経済的な状態は? 食習慣は? 人種は? 尿中ヨードが低い妊婦を見つけるためにスクリーニングを行うべきなのか? アメリカ中の妊婦全員にヨード補充をすべきなのか? などの疑問が持ち上がる。Physicians' Desk Reference 2001年版<注釈:アメリカの内科医の標準的なクスリに関する参考書である>には、妊娠中に使用するビタミン剤17品目を記載している。ヨードを含んでいるのはそのなかの6品目(35%)だけである。

2つの薬局での調査から、多くの女性が買うのは24種類のビタミンが入っている商品である。しかし、そのうちの16商品(67%)がヨードを含有しているのみというのが現状である。だから、医師は患者をみてヨード不足のように感じたら、患者が飲んでいるビタミン剤の商品名を知っておく必要がある。

軽度の神経学的異常があっても、ヨード補充のみがそれらの異常を予防できることを証明しない限り、軽度の神経学的異常とヨード不足の関係を主張しても説得力がないことを認識すべきである。
母体の甲状腺機能低下症
 

. Dr.Tajiri's comment . .
. 問題がデリケートですので、断定的なことは書いていないようです。こういう報告もある、ああいう報告もあるといった具合です。この著者たちが、最後に述べていることが現在おかれている状況をよく表しています。まだ、結論が出たわけではありません。ただ、患者にとって不利益になる情報でも、それについて今後研究を重ね、どのように対処していくかを考えることは医師に課せられた課題であり、義務だと思います。嫌なことでも、目を背けずに立ち向かう姿勢が大切だと痛感しました。医師と患者のコミュニケーションさえ、しっかりとれていれば誤解は解けると思います。

最近、甲状腺機能低下症を持つ妊婦の治療について論議を呼んでいるのは、1999年にHaddowらがNEJMに発表した論文がきっかけのように感じます。

しかし、日本の百渓先生の論文はHaddowらの結果と違います。今回の論文で、百渓先生の論文を引用していたことには、この著者たちの公平さを感じます。これは、百渓先生がHaddowらの論文に対して、NEJM誌に強く抗議したことも反映されているのではないでしょうか。

妊婦の甲状腺機能低下症の治療については以下を参考にしてください。
妊娠中の甲状腺機能低下症および甲状腺機能亢進症の管理とスクリーニング
重要な甲状腺機能低下症の研究に対する米国内分泌学会のコメント
母親の甲状腺機能低下症または低サイロキシン(T4)血症と神経心理的発達は関係あるのか?
甲状腺疾患と妊娠<第1部>
甲状腺疾患と妊娠<第2部>
甲状腺の病気と妊娠
妊娠中の甲状腺機能低下症とそれが赤ちゃんの知的発達に影響する可能性
甲状腺の病気をもった人の妊娠と出産
.
. . .

参考文献]・[もどる