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中等症のバセドウ病眼症は、著明な軟組織変化、正常上限から4mm以上の眼球突出(正常上限:アジア人18mm、白人20mm、黒人22mm)外眼筋の可動制限(複視として訴える)によって定義される。そのような患者はしばしば免疫抑制剤治療の適応になる。しかし、この病気は自然経過で改善される傾向のあること、以前もしくは同時に行われた抗甲状腺治療の影響を受けること、眼症状の評価法や治療効果判定が一定していないことなどによって、治療の有効性を適正に評価する際の妨げになる。そのために、2重盲検無作為臨床試験による研究結果が信頼される。対象患者が十分な数であれば、患者は偏らない平均的なものとなる。そうすれば、患者の偏りや紛らわしい要因を避けることができ、異なる治療結果を適切に比較することが可能になる【表1】(1)。 |
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臨床試験では、プレドニゾン経口投与により63%の患者で症状の改善がみられる(14)。この結果は、その後の無作為臨床試験で確認された。メチルプレドニゾロン点滴によるパルス療法はプレドニゾン経口投与より効果的である(有効率77%)(14)。 |
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臨床試験では、球後照射により60%の患者で症状の改善がみられる(14)。その治療成績は、プレドニゾン経口投与による無作為臨床試験を行った結果と同じである(15)。ほとんどの施設では、リニアックを使用しており、20Gyを照射している。それより多い量を照射しても効果は変わらない。反対に、10Gyという少ない量を照射しても効果は同じであるという報告もあるが、そうでないという報告もある(14,16,17)。球後照射は、プラセボ照射(実際は、放射線を当てない治療)より効果がある(プラセボ照射でも6ヶ月後には、31%の患者は症状が改善する。これは、自然経過でバセドウ病眼症の症状が改善したものと思われる)。球後照射は、有意に複視と眼筋運動(特に上方視)を改善する(18)。最近の研究で、照射を受けた眼窩とプラセボ照射を受けた眼窩の間で治療効果に差が見られなかったので、球後照射の有効性が疑われている(19)。しかし、その研究方法の特殊性、患者選択の偏り、甲状腺機能が正常であったかまたは以前に副腎皮質ホルモン剤で治療を受けているかなどの紛らしい要因が、球後照射治療は効果なしとするこの研究の結論に影響を与えているかもしれない(20)。 |
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プレドニゾン経口投与と球後照射の併用療法は、単独でプレドニゾン経口投与(21)や単独で球後照射(22)するよりも効果がある。併用療法は、副腎皮質ホルモン剤の急性効果(副腎皮質ホルモン剤は、球後照射による外眼筋の腫脹と発赤が一時的に増悪することを抑制するかもしれない)と球後照射の持続的な効果(副腎皮質ホルモン剤を減量していく時に起こる眼症状の悪化を予防するかもしれない)の相乗効果でより効果的かもしれない。さらに、メチルプレドニゾロン点滴によるパルス療法と球後照射の併用療法は、より効果的である(23)。 |
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免疫抑制剤であるサイクロスポリン単独投与は、プレドニゾン経口単独投与と比べるとはるかに効果で劣る(24)。サイクロスポリン単独投与した場合の有効率22%は、おそらく自然経過の改善を反映しているにすぎない。しかし、高用量のプレドニゾン経口で効果が不十分な場合、プレドニゾン20mg/日にサイクロスポリンを追加すると、56%の患者で効果がある。サイクロスポリンとプレドニゾンの併用療法は、プレドニゾン経口単独投与より効果があるように思える。
免疫グロブリン静脈投与は、種々の自己免疫疾患の治療に使われており、その治療効果も確認されている。その治療効果は、おそらく免疫性のホメオスターシス<注釈:生物体が体内環境を一定範囲に保つはたらき>を維持する役目を持つ正常な抗体の機能によるものと考えられている。Fcレセプター(抗体結合部位と補体成分結合部位)を遮断することで、補体とサイトカイン・ネットワークの活性化防止、抗イディオタイプ抗体(免疫グロブリンの抗原決定基に対する抗体)ができることやT細胞とB細胞の効果に因ると考えられている。免疫グロブリン静脈投与は、プレドニゾロン経口単独投与と効果は同じである(27)。免疫グロブリン静脈投与と球後照射を併用した場合、免疫グロブリン静脈投与より治療効果が劣る(28)。
Octreotide<注釈:合成ソマトスタチン;商品名はサンドスタチン>を治療に使用する正当性は、活性化されたリンパ球と眼窩の線維芽細胞にソマトスタチン・レセプター(受容体)が存在するためである(29)。Octreotide皮下注射は、プレドニゾロン経口単独投与と同等の効果を示す。しかし、この無作為臨床試験では対象とした患者数が少なく、Octreotideで治療した患者では、プレドニゾロン経口投与された患者に比べて、効きが悪かった(30)。長時間作用性のlanreotideは、蒸留水を注射するより少し効果があったにすぎない(31)。無作為臨床試験によれば、アザチオプリン、ciamexone、針治療などは何の効果もみられなかった(1)。予備的研究によれば、pentoxifylline(32)(試験管内で、pentoxifyllineは眼窩線維芽細胞でのグリコサミノグリカン合成を抑制する)や抗酸化剤(アロプリノール300mg/日とニコチンアミド300mg/日の経口併用投与)に治療効果が期待できる可能性が出てきた。プラスマフェレーシス(血漿交換)は、治療成績が一定しないが、他の全ての治療法がうまくいかなかったときに行われてきた(14)。 |
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治療に対する反応性は、治療結果から決定される。治療結果は医師による眼変化の測定、患者の眼症状の主観的な評価、CTやMRIによる外眼筋や眼球突出度測定などによるいろいろな方法で評価される。治療に対する反応があったと判断するには、眼窩の脂肪や外眼筋の縮小が必要だと主張されてきた。一部では、治療に対する反応ありと判断するには眼窩の脂肪や外眼筋の縮小が必要だという主張に対して疑問を持つ研究者もいたけれども、副腎皮質ホルモン剤投与(15)、メチルプレドニゾロンによるパルス療法(34,35)、球後照射(15,16)、免疫グロブリン投与(27,28)で治療した後に、CTまたはMRIで測定したところ、治療に対する反応があった例では、外眼筋の腫大が縮小しており、治療に対する反応がなかった例では、外眼筋の腫大が不変であった。サイクロスポリン(24)やOctreotide(30)で治療した場合には、外眼筋の縮小はみられない。
治療に反応した例では、軟部組織の症状改善(特に、眼痛の軽減、眼瞼腫脹と発赤の減少)、視覚機能改善や眼筋運動と複視の改善がみられる(1,14)。しかし、常にこれら全ての改善がみられるわけではない。眼球突出は有意に減少するが、それは1〜2mm減少するのみなので、患者にとって自覚症状として良くなったとはほとんど感じられない(1,14)。
患者自身が症状の改善を点数で評価した場合、治療に反応した例では点数が良くなったが、治療に反応しなかった例では点数が良くならない事実から、眼症状の客観的な評価は、患者自身によっても行うことができる。にもかかわらず、免疫抑制療法がうまくいった場合でも、患者の多くは、症状改善に満足していないことが分かった。バセドウ病眼症の生活の質を評価する場合、患者が日常生活をする上で重要である目の機能的な変化は少なくとも6項目で評価できるが、患者に危険を伴ったり、苦痛を与えるような治療を受けた場合には、些細だが臨床上重要な変化は最低10項目で評価すべきである(3)。10項目で評価した場合には、自覚的に非常に症状が改善した人を見つけだすことは可能であろう、しかし、最高に良くなったと感じている人でさえ、得点を0ポイント(最悪)から100ポイント(最高)までとしたとき、70ポイントを越すことは稀である。免疫抑制療法では、バセドウ病眼症が完全に治ることは稀であることを示している。免疫抑制療法がよく効いた後、少数の人では外科治療を必要とすることもある(16,18,23)。 |
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高用量のプレドニゾン経口投与は、13%の患者で重篤な副作用(糖尿病やうつ病)を、61%の患者で中等度の副作用(例えば高血圧、ひどい胸焼け、2kg以上の体重増加)を、17%の患者で軽度の副作用を引き起こす。9%の患者では、副作用がみられない(1)。メチルプレドニゾロンパルス療法は、プレドニゾン経口投与に比べると副作用が起こりにくい(メチルプレドニゾロンパルス療法;56%、プレドニゾン経口投与;85%)。メチルプレドニゾロンパルス療法により、稀に重症肝炎を引き起こすことがあるが、副腎皮質ホルモン剤を中止すれば自然に回復することがほとんどだが、肝不全による死亡例が2例報告されている(23,36)。副腎皮質ホルモン剤の総投与量が8,000mg
以内なら、重症肝炎になる危険性を減らすかもしれない(23)。
球後照射を行うことで、眼窩内腫瘍発生の推定危険率は0.2%〜1.4%である。致命的な悪性腫瘍の推定危険率は0.1%〜0.7%である(37-39)。現在までに、多症例を長期間経過観察しているにもかかわらず、球後照射に起因する腫瘍の発生は報告されていない(14)。球後照射に起因する腫瘍の発生は若い年齢の方が、危険性が高いので、球後照射は40才以上の患者に行うことが望ましい(14)。球後照射後に起こす最も早い問題は、放射線性網膜症である。報告例はほんの数例であるが、放射線性網膜症の発生は球後照射後0.5〜3年して起こる。2例の例外を除いて他の症例は全て、過剰投与量や照射方法の間違いか(40,41)、糖尿病患者の場合である(42)。球後照射は、糖尿病患者においては禁忌である。
サイクロスポリンは、重篤な副作用がある(例えば、高血圧と血清クレアチニンの不可逆性増加【腎不全】)。しかし、投与量を5mg/kg/日以下にすると腎障害の危険性は最小限に抑えられ、血清クレアチニンの増加を30%以上にならないようにできる。免疫グロブリンの静脈投与は、5%以下の頻度で副作用がみられる(例えば頭痛と発熱)。免疫グロブリンの静脈投与には、血液を介しての感染の危険性もある。大変稀だが、アナフィラキシーショックを起こすことがある(例えば、IgA欠損症患者)(26)。Octreotideは副作用の報告は少ないが、長期投与によって、胆石の発生頻度が高くなる。 |
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どの治療法でいくかは、個々の患者の症状、価格やそれぞれの治療の有効性と副作用を考慮して決められる。各々の治療にかかる大体の費用は以下の通りである<注釈:H14年11月5日の1ユーロは123円である>(44)。 |
- 経口プレドニゾン治療:36ユーロ
- メチルプレドニゾロンパルス療法:174ユーロ
- シクロスポリン:1,055ユーロ
- 球後照射:2,564ユーロ
- octreotide:2,583ユーロ
- 免疫グロブリンの静脈投与:13364ユーロ
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現時点では、その高い有効性と単独および球後照射との併用でのプレドニゾン経口投与より副作用が少ないことを考慮に入れると、メチルプレドニゾロンパルス療法と球後照射の併用が、一番良い治療法と考えられている。メチルプレドニゾロンパルス療法と球後照射の併用は、重症の眼症に対しても治療が可能であるが、40才以下の患者には、メチルプレドニゾロンパルス療法だけでも十分かもしれない。主に眼球運動障害と複視を訴える患者において、球後照射単独治療も考慮されるかもしれない。球後照射は、糖尿病性網膜症では禁忌である。糖尿病患者に対しては、低用量ステロイド経口投与とサイクロスポリンの併用療法が効果があるかもしれない。しかし、サイクロスポリン単独投与は行うべきではない。免疫グロブリン静脈投与も、面倒で時間がかかることと高価なことを考慮すると、治療としては使いにくいが、重症例で使用することがあるかもしれない。Octreotideやlanreotideを眼症の治療に使うには、臨床データが少なすぎる。Octreotideやlanreotideなどのソマトスタチン製剤は、ステロイドに比べて効果が乏しいように思える。 |
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一般に、常に2/3の患者が免疫抑制療法に対して治療効果がみられることは、注目すべきことである【表1】。免疫抑制療法を行う前に治療に反応しない残り1/3の患者を予測することができれば、費用節約と免疫抑制療法の副作用を避けることに寄与することができる。バセドウ病眼症の炎症活動期の患者の方が、線維化していて炎症が非活動期にある患者に比べて、免疫抑制療法に反応しやすいと考えられている(【ボックス2】の【図I】を参照)。患者が炎症活動期にあることは、著しい眼球結膜浮腫、眼球結膜発赤、眼痛などの症状から明白である。しかし、これらの炎症症状のみられない患者(臨床症状スコアーの低い患者)が免疫抑制療法に反応することは、しばしば経験される。そのような症例では、活動性と非活動性バセドウ病眼症を区別するために画像診断が有用なことがある。にもかかわらず、免疫抑制療法の治療結果を正確に予測することは、未だに難しい。過剰な検査と不必要な費用を避けるために、バセドウ病眼症の罹病期間や臨床症状スコアーのような簡単な評価と眼窩MRIから活動性を判定できる可能性がある<注釈:眼窩MRIから外眼筋の炎症が分かる。炎症が強いということは活動性があるということを意味しているので、免疫抑制療法に反応する可能性が高くなる>。眼窩MRIの所見は、バセドウ病眼症の重症度(外眼筋腫脹と眼窩内脂肪の増加の程度)を反映する。あるいは、治療しないで経過観察する場合もある。眼症状が6ヶ月間にわたって安定している場合、バセドウ病眼症はおそらく非活動性である。 |
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免疫抑制療法が奏功した後でさえ、ほとんどの患者は眼症状が残っているので、まだ機能回復のための外科手術を必要とすることもある(1,14)。
緊急の眼窩減圧術の適応になるのは、眼症による視神経症、眼球亜脱臼、眼球突出による角膜潰瘍である。相対的な眼窩減圧術の適応は、眼球の充血と眼痛が残っている患者や著明な眼球突出のある患者である(45)。眼窩の骨壁の部分的な除去はより多くのスペースを作り、眼球後部の圧力を軽減する。3壁眼窩減圧術(内壁、下壁、外壁)は、眼球突出を平均4.7mm減少させる。数種類のアプローチ(経上顎洞、経鼻、経瞼、瞼を反転する方法)が、使われる。眼窩減圧術の合併症としては、複視が多く、経上顎洞手術後で64%に、経前頭骨減圧術後で22%においてみられる(45,46)。眼窩内の脂肪除去による眼窩減圧術は議論の的である。隔壁切開による7.3mlの脂肪除去は、眼球突出において平均4.7mm減少した。しかし、手術後に33%の患者において複視が出現した(47)。
外眼筋(斜視)手術は、眼球運動障害が安定して6〜12ヶ月たったころが適当である。バセドウ病眼症の活動期に外眼筋の手術を行うと、手術効果を失う可能性がある。外眼筋手術の適応は、正面視または字を読むときの複視と眼性斜頸による頚部痛である。多くの患者は、数回の外眼筋手術を要するが、正面視または字を読むときの複視が改善するのは、77%の患者においてのみである(45)。15%の患者は、プリズム眼鏡を使用することで、複視が改善する。しかし、8%の患者は複視が残る。バセドウ病眼症が非活動期になってから外眼筋手術ができるまでの間、ボツリヌス毒素Aを注射することで、一時的な複視の改善がみられることがある(49)。
瞼の手術をすることで眼瞼の位置に影響を及ぼすことがあるので、眼瞼手術は眼窩減圧術と外眼筋手術が終わった後にするべきである。眼瞼手術の適応は目の不快感や眼瞼後退による美容上の問題である。上眼瞼の後退(びっくり目)は、ミューラー筋や眼瞼挙筋の緊張を和らげることで治療する。矯正過剰または矯正不足は再手術を必要とするが、82%の患者では一回の手術で十分な治療結果が得られる(50)。下眼瞼の引き下がりや内反症は、下眼瞼を下げる筋肉の緊張を和らげたり、皮膚移植などをすることによって治療できる(45)。眼瞼形成術や眼瞼の脂肪除去を行うことで、患者が満足できる社会復帰を提供することができる。
上眼瞼後退(びっくり目)は、しばしば瞼を閉じる際に、余分な力が入り、眉間に皺が寄る。ボツリヌス毒素Aを眉間に注射すると、眉間部と眉毛内側部の皺が消失し、その効果は4〜6ヶ月間持続する(51)。眼瞼手術をすることで、眉間部へのそのような治療の必要はなくなる。 |
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