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バセドウ病眼症の治療:合理的なアプローチ
Wilmar M. Wiersinga and Mark F. Prummel
TRENDS in Endocrinology & Metabolism Vol. 13; 280-287, 2002

まとめ
過去10年間、バセドウ病眼症についての我々の理解は大きな進歩を遂げたが、この病気の原因は謎のままである。患者にとっては苦痛であり、生活の質を損なうこの病気に対する治療についていくつかの臨床研究が行われた。そして、有意に生活の質を下げる眼症の重症度や活動性を考慮し、なおかつ患者のニーズに合わせて治療計画をたてることが可能になった。活動性のある眼症では、免疫抑制が治療の目的である。メチルプレドニゾロン<注釈:商品名、ソルメドロール>点滴によるパルス療法と球後照射の組み合わせで治療することにより、88%の症例で眼症状の改善がみられる。メチルプレドニゾロン点滴によるパルス療法と球後照射の併用療法は、特に副作用もなく、患者に苦痛を与えない。バセドウ病眼症が一旦、非活動期になったら(すなわち、外眼筋の炎症が消失したら)、手術が行われることもある(眼窩減圧術、外眼筋の手術、眼瞼の手術、この順序で手術は行われる)。治療をすることで、機能的及び美容的な改善は期待できるが、効果が出てくるには1〜2年間を要することを患者に再認識しておくべきである。禁煙をすることで、ある程度、バセドウ病眼症の発症や悪化を予防できる。

はじめに
ここ数年間に、バセドウ病眼症に対して個々の患者に合わせた治療を行う合理的なアプローチで行われたランダム化されたいくつかの無作為臨床試験が報告された(1)。新しく考案されたバセドウ病眼症のための質問状(2)によると、多くの患者はバセドウ病眼症の治療を受けて、客観的には症状は改善されたにもかかわらず、多くは美容上もしくは機能的に満足感を感じていないことが明らかになった(3)。事実、一般的な健康に関する質問状の結果からも、糖尿病や慢性大腸疾患の患者と比較して、バセドウ病眼症の患者では生活の質が低いと感じていることが証明されている(4)

このような理由で新しい治療法を開発するためには、バセドウ病眼症の原因をはっきりさせることが必須である。この点に関し、この10年間で多くの進歩があった【ボックス1】

おそらく前脂肪細胞から脂肪細胞に分化していくと思われる眼窩の線維芽細胞において、TSHレセプター(受容体)の存在が証明された(5)。この事実は、TSHレセプター(受容体)に対する免疫学的な反応は、甲状腺だけでなく眼窩内でも起こっている可能性を示唆する。事実、甲状腺刺激抗体(TSAb)値が高いほど、未治療バセドウ病におけるバセドウ病眼症の頻度は高くなる(6)。眼球突出度や臨床症状スコアーなどのバセドウ病眼症の程度と甲状腺刺激抗体(TSAb)値には、正の相関がみられる(7)。さらに、TSHレセプター(受容体)を導入したDNA遺伝子を作ると、感受性の高い動物の眼窩にリンパ球や肥満細胞の浸潤、浮腫、筋線維の断裂、脂肪細胞の集積、TSHレセプター(受容体)に対する免疫活性を生じる(8,9)。バセドウ病眼症の新しい動物モデルが見つかっている。これが、即、人間に当てはまるわけではないが、将来、新しい治療法を確立していく上で有用になるかもしれない。

ここで、我々はバセドウ病眼症の重症度を考慮に入れたバセドウ病眼症の管理を議論して、可能な予防措置をチェックする。

重症のバセドウ病眼症
甲状腺性視神経症(DON; dysthyroid optic neuropathy)または悪性バセドウ病眼症<注釈:日本では悪性眼球突出症とも呼ばれる>と呼ばれる非常に重症なバセドウ病眼症は、重症度分類でクラス6と定義される【ボックス1】。視神経圧迫が起こると、72%の症例で視力低下を、64%の症例で色覚異常を来す。患者が、ものがぼやけて見えると訴えたときに、すなわち、まばたきしても治らないぼやけ(もし、まばたきで治る場合は、角膜の問題である)や片目を閉じても治らないぼやけ(もし、片目を閉じて治る場合は、外眼筋の肥厚による複視である)を訴えるときには、甲状腺性視神経症(DON; dysthyroid optic neuropathy)を疑うべきである。眼窩のコンピューター断層撮影(CT)にて、前額頭断(前方から輪切りにする取り方)でみると甲状腺性視神経症(DON)の危険度を評価するのに役立つ。肥大した外眼筋の圧迫のために眼窩の一番後方の部分<注釈:漏斗部といわれる>で、視神経の直径が50%以上萎縮して、視神経を取り囲んでいる脂肪組織に置きかわっているときには、甲状腺性視神経症(DON)の危険信号である(これをアペックス・サイン【apex sign】と呼ぶ)(12)。甲状腺性視神経症(DON)患者は、甲状腺性視神経症(DON)のみられない患者に比べると、眼球突出の程度が軽い。この所見は、眼球突出を妨げる眼窩隔壁(眼窩解剖図を参照してください)の硬さで証明される。眼球突出は、自然の眼窩内減圧術になっていると考えると分かりやすい。眼窩隔壁が硬いがゆえに、眼球が突出しないで、眼球後方の内圧が上昇し、より視神経を圧迫するのである。甲状腺性視神経症(DON)を起こしやすい素因は、男性、高齢者、喫煙、糖尿病である(13)。事実、甲状腺性視神経症(DON)のほとんどの患者は、有意にこれらの素因を持っている。

甲状腺性視神経症(DON)は早急なる治療を必要とする。しかし、今までに甲状腺性視神経症(DON)に対する無作為臨床試験は行われていない。症例報告や少数の患者の治療報告からみると、眼窩減圧術により82%の患者は数日以内に視力が回復し、メチルプレドニゾロン点滴によるパルス療法により94%の患者は1週間以内に視力が回復し、プレドニゾン経口投与により73%の患者は1〜2週間以内に視力が回復し、球後照射を受けた79%の患者は1〜3ヶ月以内に視力が回復している(1)。これらの結果をみると、メチルプレドニゾロン点滴によるパルス療法が甲状腺性視神経症(DON)に対する治療としては一番適切であると思われる。メチルプレドニゾロン点滴によるパルス療法のやり方は、第1週にメチルプレドニゾロン1g/日、3日間投与、第2週も同じ量を3日間投与する。もし、視力の改善がみられたら、その後、経口プレドニゾンに切り替えて、しばらく治療を続ける。もし、視力の改善がみられなければ、早急に眼窩減圧術を行うべきである。どの治療法で治療したとしても、糖尿病患者は、糖尿病のない患者と比べて治療効果が劣る。

中等症のバセドウ病眼症
中等症のバセドウ病眼症は、著明な軟組織変化、正常上限から4mm以上の眼球突出(正常上限:アジア人18mm、白人20mm、黒人22mm)外眼筋の可動制限(複視として訴える)によって定義される。そのような患者はしばしば免疫抑制剤治療の適応になる。しかし、この病気は自然経過で改善される傾向のあること、以前もしくは同時に行われた抗甲状腺治療の影響を受けること、眼症状の評価法や治療効果判定が一定していないことなどによって、治療の有効性を適正に評価する際の妨げになる。そのために、2重盲検無作為臨床試験による研究結果が信頼される。対象患者が十分な数であれば、患者は偏らない平均的なものとなる。そうすれば、患者の偏りや紛らわしい要因を避けることができ、異なる治療結果を適切に比較することが可能になる【表1】(1)
免疫抑制療法の効果
副腎皮質ホルモン剤
臨床試験では、プレドニゾン経口投与により63%の患者で症状の改善がみられる(14)。この結果は、その後の無作為臨床試験で確認された。メチルプレドニゾロン点滴によるパルス療法はプレドニゾン経口投与より効果的である(有効率77%)(14)
球後照射
臨床試験では、球後照射により60%の患者で症状の改善がみられる(14)。その治療成績は、プレドニゾン経口投与による無作為臨床試験を行った結果と同じである(15)。ほとんどの施設では、リニアックを使用しており、20Gyを照射している。それより多い量を照射しても効果は変わらない。反対に、10Gyという少ない量を照射しても効果は同じであるという報告もあるが、そうでないという報告もある(14,16,17)。球後照射は、プラセボ照射(実際は、放射線を当てない治療)より効果がある(プラセボ照射でも6ヶ月後には、31%の患者は症状が改善する。これは、自然経過でバセドウ病眼症の症状が改善したものと思われる)。球後照射は、有意に複視と眼筋運動(特に上方視)を改善する(18)。最近の研究で、照射を受けた眼窩とプラセボ照射を受けた眼窩の間で治療効果に差が見られなかったので、球後照射の有効性が疑われている(19)。しかし、その研究方法の特殊性、患者選択の偏り、甲状腺機能が正常であったかまたは以前に副腎皮質ホルモン剤で治療を受けているかなどの紛らしい要因が、球後照射治療は効果なしとするこの研究の結論に影響を与えているかもしれない(20)
副腎皮質ホルモン剤と球後照射の併用療法
プレドニゾン経口投与と球後照射の併用療法は、単独でプレドニゾン経口投与(21)や単独で球後照射(22)するよりも効果がある。併用療法は、副腎皮質ホルモン剤の急性効果(副腎皮質ホルモン剤は、球後照射による外眼筋の腫脹と発赤が一時的に増悪することを抑制するかもしれない)と球後照射の持続的な効果(副腎皮質ホルモン剤を減量していく時に起こる眼症状の悪化を予防するかもしれない)の相乗効果でより効果的かもしれない。さらに、メチルプレドニゾロン点滴によるパルス療法と球後照射の併用療法は、より効果的である(23)
その他の治療法
免疫抑制剤であるサイクロスポリン単独投与は、プレドニゾン経口単独投与と比べるとはるかに効果で劣る(24)。サイクロスポリン単独投与した場合の有効率22%は、おそらく自然経過の改善を反映しているにすぎない。しかし、高用量のプレドニゾン経口で効果が不十分な場合、プレドニゾン20mg/日にサイクロスポリンを追加すると、56%の患者で効果がある。サイクロスポリンとプレドニゾンの併用療法は、プレドニゾン経口単独投与より効果があるように思える。

免疫グロブリン静脈投与は、種々の自己免疫疾患の治療に使われており、その治療効果も確認されている。その治療効果は、おそらく免疫性のホメオスターシス<注釈:生物体が体内環境を一定範囲に保つはたらき>を維持する役目を持つ正常な抗体の機能によるものと考えられている。Fcレセプター(抗体結合部位と補体成分結合部位)を遮断することで、補体とサイトカイン・ネットワークの活性化防止、抗イディオタイプ抗体(免疫グロブリンの抗原決定基に対する抗体)ができることやT細胞とB細胞の効果に因ると考えられている。免疫グロブリン静脈投与は、プレドニゾロン経口単独投与と効果は同じである(27)。免疫グロブリン静脈投与と球後照射を併用した場合、免疫グロブリン静脈投与より治療効果が劣る(28)

Octreotide<注釈:合成ソマトスタチン;商品名はサンドスタチン>を治療に使用する正当性は、活性化されたリンパ球と眼窩の線維芽細胞にソマトスタチン・レセプター(受容体)が存在するためである(29)。Octreotide皮下注射は、プレドニゾロン経口単独投与と同等の効果を示す。しかし、この無作為臨床試験では対象とした患者数が少なく、Octreotideで治療した患者では、プレドニゾロン経口投与された患者に比べて、効きが悪かった(30)。長時間作用性のlanreotideは、蒸留水を注射するより少し効果があったにすぎない(31)。無作為臨床試験によれば、アザチオプリン、ciamexone、針治療などは何の効果もみられなかった(1)。予備的研究によれば、pentoxifylline(32)(試験管内で、pentoxifyllineは眼窩線維芽細胞でのグリコサミノグリカン合成を抑制する)や抗酸化剤(アロプリノール300mg/日とニコチンアミド300mg/日の経口併用投与)に治療効果が期待できる可能性が出てきた。プラスマフェレーシス(血漿交換)は、治療成績が一定しないが、他の全ての治療法がうまくいかなかったときに行われてきた(14)
治療に対する反応性
治療に対する反応性は、治療結果から決定される。治療結果は医師による眼変化の測定、患者の眼症状の主観的な評価、CTやMRIによる外眼筋や眼球突出度測定などによるいろいろな方法で評価される。治療に対する反応があったと判断するには、眼窩の脂肪や外眼筋の縮小が必要だと主張されてきた。一部では、治療に対する反応ありと判断するには眼窩の脂肪や外眼筋の縮小が必要だという主張に対して疑問を持つ研究者もいたけれども、副腎皮質ホルモン剤投与(15)、メチルプレドニゾロンによるパルス療法(34,35)、球後照射(15,16)、免疫グロブリン投与(27,28)で治療した後に、CTまたはMRIで測定したところ、治療に対する反応があった例では、外眼筋の腫大が縮小しており、治療に対する反応がなかった例では、外眼筋の腫大が不変であった。サイクロスポリン(24)やOctreotide(30)で治療した場合には、外眼筋の縮小はみられない。

治療に反応した例では、軟部組織の症状改善(特に、眼痛の軽減、眼瞼腫脹と発赤の減少)、視覚機能改善や眼筋運動と複視の改善がみられる(1,14)。しかし、常にこれら全ての改善がみられるわけではない。眼球突出は有意に減少するが、それは1〜2mm減少するのみなので、患者にとって自覚症状として良くなったとはほとんど感じられない(1,14)

患者自身が症状の改善を点数で評価した場合、治療に反応した例では点数が良くなったが、治療に反応しなかった例では点数が良くならない事実から、眼症状の客観的な評価は、患者自身によっても行うことができる。にもかかわらず、免疫抑制療法がうまくいった場合でも、患者の多くは、症状改善に満足していないことが分かった。バセドウ病眼症の生活の質を評価する場合、患者が日常生活をする上で重要である目の機能的な変化は少なくとも6項目で評価できるが、患者に危険を伴ったり、苦痛を与えるような治療を受けた場合には、些細だが臨床上重要な変化は最低10項目で評価すべきである(3)。10項目で評価した場合には、自覚的に非常に症状が改善した人を見つけだすことは可能であろう、しかし、最高に良くなったと感じている人でさえ、得点を0ポイント(最悪)から100ポイント(最高)までとしたとき、70ポイントを越すことは稀である。免疫抑制療法では、バセドウ病眼症が完全に治ることは稀であることを示している。免疫抑制療法がよく効いた後、少数の人では外科治療を必要とすることもある(16,18,23)
免疫抑制療法の副作用
高用量のプレドニゾン経口投与は、13%の患者で重篤な副作用(糖尿病やうつ病)を、61%の患者で中等度の副作用(例えば高血圧、ひどい胸焼け、2kg以上の体重増加)を、17%の患者で軽度の副作用を引き起こす。9%の患者では、副作用がみられない(1)。メチルプレドニゾロンパルス療法は、プレドニゾン経口投与に比べると副作用が起こりにくい(メチルプレドニゾロンパルス療法;56%、プレドニゾン経口投与;85%)。メチルプレドニゾロンパルス療法により、稀に重症肝炎を引き起こすことがあるが、副腎皮質ホルモン剤を中止すれば自然に回復することがほとんどだが、肝不全による死亡例が2例報告されている(23,36)。副腎皮質ホルモン剤の総投与量が8,000mg 以内なら、重症肝炎になる危険性を減らすかもしれない(23)

球後照射を行うことで、眼窩内腫瘍発生の推定危険率は0.2%〜1.4%である。致命的な悪性腫瘍の推定危険率は0.1%〜0.7%である(37-39)。現在までに、多症例を長期間経過観察しているにもかかわらず、球後照射に起因する腫瘍の発生は報告されていない(14)。球後照射に起因する腫瘍の発生は若い年齢の方が、危険性が高いので、球後照射は40才以上の患者に行うことが望ましい(14)。球後照射後に起こす最も早い問題は、放射線性網膜症である。報告例はほんの数例であるが、放射線性網膜症の発生は球後照射後0.5〜3年して起こる。2例の例外を除いて他の症例は全て、過剰投与量や照射方法の間違いか(40,41)、糖尿病患者の場合である(42)。球後照射は、糖尿病患者においては禁忌である。

サイクロスポリンは、重篤な副作用がある(例えば、高血圧と血清クレアチニンの不可逆性増加【腎不全】)。しかし、投与量を5mg/kg/日以下にすると腎障害の危険性は最小限に抑えられ、血清クレアチニンの増加を30%以上にならないようにできる。免疫グロブリンの静脈投与は、5%以下の頻度で副作用がみられる(例えば頭痛と発熱)。免疫グロブリンの静脈投与には、血液を介しての感染の危険性もある。大変稀だが、アナフィラキシーショックを起こすことがある(例えば、IgA欠損症患者)(26)。Octreotideは副作用の報告は少ないが、長期投与によって、胆石の発生頻度が高くなる。
免疫抑制治療法の選択
どの治療法でいくかは、個々の患者の症状、価格やそれぞれの治療の有効性と副作用を考慮して決められる。各々の治療にかかる大体の費用は以下の通りである<注釈:H14年11月5日の1ユーロは123円である>(44)
  • 経口プレドニゾン治療:36ユーロ
  • メチルプレドニゾロンパルス療法:174ユーロ
  • シクロスポリン:1,055ユーロ
  • 球後照射:2,564ユーロ
  • octreotide:2,583ユーロ
  • 免疫グロブリンの静脈投与:13364ユーロ
現時点では、その高い有効性と単独および球後照射との併用でのプレドニゾン経口投与より副作用が少ないことを考慮に入れると、メチルプレドニゾロンパルス療法と球後照射の併用が、一番良い治療法と考えられている。メチルプレドニゾロンパルス療法と球後照射の併用は、重症の眼症に対しても治療が可能であるが、40才以下の患者には、メチルプレドニゾロンパルス療法だけでも十分かもしれない。主に眼球運動障害と複視を訴える患者において、球後照射単独治療も考慮されるかもしれない。球後照射は、糖尿病性網膜症では禁忌である。糖尿病患者に対しては、低用量ステロイド経口投与とサイクロスポリンの併用療法が効果があるかもしれない。しかし、サイクロスポリン単独投与は行うべきではない。免疫グロブリン静脈投与も、面倒で時間がかかることと高価なことを考慮すると、治療としては使いにくいが、重症例で使用することがあるかもしれない。Octreotideやlanreotideを眼症の治療に使うには、臨床データが少なすぎる。Octreotideやlanreotideなどのソマトスタチン製剤は、ステロイドに比べて効果が乏しいように思える。
免疫抑制療法の対象となる患者の選別
一般に、常に2/3の患者が免疫抑制療法に対して治療効果がみられることは、注目すべきことである【表1】。免疫抑制療法を行う前に治療に反応しない残り1/3の患者を予測することができれば、費用節約と免疫抑制療法の副作用を避けることに寄与することができる。バセドウ病眼症の炎症活動期の患者の方が、線維化していて炎症が非活動期にある患者に比べて、免疫抑制療法に反応しやすいと考えられている(【ボックス2】の【図I】を参照)。患者が炎症活動期にあることは、著しい眼球結膜浮腫、眼球結膜発赤、眼痛などの症状から明白である。しかし、これらの炎症症状のみられない患者(臨床症状スコアーの低い患者)が免疫抑制療法に反応することは、しばしば経験される。そのような症例では、活動性と非活動性バセドウ病眼症を区別するために画像診断が有用なことがある。にもかかわらず、免疫抑制療法の治療結果を正確に予測することは、未だに難しい。過剰な検査と不必要な費用を避けるために、バセドウ病眼症の罹病期間や臨床症状スコアーのような簡単な評価と眼窩MRIから活動性を判定できる可能性がある<注釈:眼窩MRIから外眼筋の炎症が分かる。炎症が強いということは活動性があるということを意味しているので、免疫抑制療法に反応する可能性が高くなる>。眼窩MRIの所見は、バセドウ病眼症の重症度(外眼筋腫脹と眼窩内脂肪の増加の程度)を反映する。あるいは、治療しないで経過観察する場合もある。眼症状が6ヶ月間にわたって安定している場合、バセドウ病眼症はおそらく非活動性である。
機能回復のための外科手術
免疫抑制療法が奏功した後でさえ、ほとんどの患者は眼症状が残っているので、まだ機能回復のための外科手術を必要とすることもある(1,14)

緊急の眼窩減圧術の適応になるのは、眼症による視神経症、眼球亜脱臼、眼球突出による角膜潰瘍である。相対的な眼窩減圧術の適応は、眼球の充血と眼痛が残っている患者や著明な眼球突出のある患者である(45)。眼窩の骨壁の部分的な除去はより多くのスペースを作り、眼球後部の圧力を軽減する。3壁眼窩減圧術(内壁、下壁、外壁)は、眼球突出を平均4.7mm減少させる。数種類のアプローチ(経上顎洞、経鼻、経瞼、瞼を反転する方法)が、使われる。眼窩減圧術の合併症としては、複視が多く、経上顎洞手術後で64%に、経前頭骨減圧術後で22%においてみられる(45,46)。眼窩内の脂肪除去による眼窩減圧術は議論の的である。隔壁切開による7.3mlの脂肪除去は、眼球突出において平均4.7mm減少した。しかし、手術後に33%の患者において複視が出現した(47)

外眼筋(斜視)手術は、眼球運動障害が安定して6〜12ヶ月たったころが適当である。バセドウ病眼症の活動期に外眼筋の手術を行うと、手術効果を失う可能性がある。外眼筋手術の適応は、正面視または字を読むときの複視と眼性斜頸による頚部痛である。多くの患者は、数回の外眼筋手術を要するが、正面視または字を読むときの複視が改善するのは、77%の患者においてのみである(45)。15%の患者は、プリズム眼鏡を使用することで、複視が改善する。しかし、8%の患者は複視が残る。バセドウ病眼症が非活動期になってから外眼筋手術ができるまでの間、ボツリヌス毒素Aを注射することで、一時的な複視の改善がみられることがある(49)

瞼の手術をすることで眼瞼の位置に影響を及ぼすことがあるので、眼瞼手術は眼窩減圧術と外眼筋手術が終わった後にするべきである。眼瞼手術の適応は目の不快感や眼瞼後退による美容上の問題である。上眼瞼の後退(びっくり目)は、ミューラー筋や眼瞼挙筋の緊張を和らげることで治療する。矯正過剰または矯正不足は再手術を必要とするが、82%の患者では一回の手術で十分な治療結果が得られる(50)。下眼瞼の引き下がりや内反症は、下眼瞼を下げる筋肉の緊張を和らげたり、皮膚移植などをすることによって治療できる(45)。眼瞼形成術や眼瞼の脂肪除去を行うことで、患者が満足できる社会復帰を提供することができる。

上眼瞼後退(びっくり目)は、しばしば瞼を閉じる際に、余分な力が入り、眉間に皺が寄る。ボツリヌス毒素Aを眉間に注射すると、眉間部と眉毛内側部の皺が消失し、その効果は4〜6ヶ月間持続する(51)。眼瞼手術をすることで、眉間部へのそのような治療の必要はなくなる。

軽症のバセドウ病眼症
軽症のバセドウ病眼症の定義は、複視の有無にかかわらず、軽度の軟部組織症状、眼球突出(正常上限より3mm以内)、軽度の眼球運動障害(ある方向を向いたとき)のいずれかを持っていることである。医師が軽症のバセドウ病眼症と診断したとしても、患者は症状が軽いと受け取っているのではなく、むしろ患者はれっきとした症状と受け取っているということを理解しておくことは重要である。それにもかかわらず、多くの医師は、軽症のバセドウ病眼症を持つ患者に対して『経過観察』の方針をとる。軽症のバセドウ病眼症に対する無作為臨床試験が一つだけある。球後照射を受けた群の方がプラセボ照射を受けた群に比べて治療効果があった(27%対52%、p=0.017)。しかし、治療効果は軽度で、バセドウ病眼症-QOL得点(QOL:生活の質)が、両群で同程度の改善がみられた(52)。より重症のバセドウ病眼症への進行は、軽症のバセドウ病眼症の15%で起こり、球後照射によって予防できない【図1】。軽症のバセドウ病眼症に対して球後照射は効果的であるけれども、症状の改善があまりにも軽度であり、軽症のバセドウ病眼症に対する球後照射を正当化するには問題がある。バセドウ病眼症に対する管理・治療戦略は、【表2】に示している。

将来の展望
疾患の予防は常に、治療より重要である。バセドウ病眼症はある程度、予防可能な疾患である正当な理由がある【ボックス3】。外来患者数の多い甲状腺専門クリニックにおいてバセドウ病患者における眼症の合併頻度が、1960年;57%から1990年;35%へと減少している。また、バセドウ病眼症重症例の比率も30%から21%に減った(53)。アンケートの結果から、ヨーロッパの甲状腺専門医も過去10年間で、バセドウ病眼症の発生率が減少もしくは不変であると回答している(54)。例外的だが、ハンガリーとポーランドからの回答では、バセドウ病眼症の発生率が増加しているという。ハンガリーとポーランドにおいて、過去10年間に喫煙者の数が著明に増加したことは、はっきりしている。禁煙とバセドウ病の早期診断および適切な治療は、バセドウ病眼症の重要な予防策である(11)。より多くの注意が、上記の予防策に払われなければならない。

もう一つの将来の研究の方向は、バセドウ病眼症の重症化を予防するために、軽症バセドウ病眼症を早期治療することである【図1】。理論的には、バセドウ病眼症の活動期の早い時期に免疫抑制療法が行われると、治療効果が最大限引き出されるかもしれない(【ボックス2】の【図I】を参照)。軽症バセドウ病眼症の一部の患者で、症状が悪化することがある。現在、この悪化する症例を正確に予測することはできない。今後の課題として、進行性のバセドウ病眼症の予測を明確にすることが重要である。

最後に、我々は副作用が少なくてより効果的な免疫抑制療法を必要としている。ヒトのバセドウ病眼症を反映するような動物モデルの開発(9)は、新しい治療法を見つけるのに重要である。将来有望な新しい治療法は、以下である;インターロイキン-1(IL-1)、腫瘍壊死因子-α(TNF-α)、インターロイキン-6(IL-6)などのサイトカインの働きを阻害する抗サイトカイン療法(44,55)、そして新しい合成ソマトスタチンアナログSOM 230 である。この薬物はsst1、sst2、sst3、sst5レセプターに高い親和性を持ち、これらのソマトスタチンレセプターに結合することによって効果を発現する(培養細胞では、バセドウ病眼症患者の線維芽細胞はsst1、sst2、sst3、sst5レセプターを表出するが(29)、Octreotideは主にsst2とsst5に結合する)<注釈:ソマトスタチンのレセプターは5つのサブタイプが見つかっている。sst1〜sst5で、発見された順に名前が付けられている>。これらの新薬の効果を評価するには、単剤もしくは併用療法により治療効果があるかどうかをみるために、いくつかの無作為臨床試験がなされなければならない。

. Dr.Tajiri's comment . .
. この10年間で、バセドウ病眼症の病態の解明や治療法が進歩してきています。バセドウ病眼症の活動性があるときに、早く治療をすることが重要なことが、確認されました。喫煙が、バセドウ病眼症には悪影響を与えることも分かってきました。禁煙することでバセドウ病眼症の症状が改善されるので、バセドウ病眼症を持つ人は、まず禁煙することが大事です。

バセドウ病眼症については以下を参考にしてください。
バセドウ病による目の症状
甲状腺眼症と生きる
バセドウ病における甲状腺に関連した目の問題<第1部>:この障害の性質と経過
グレーブス病の目の問題<第2部>:治療の選択肢と結果
甲状腺眼症(TED):概説
甲状腺眼症:治療
鏡よ鏡…
甲状腺眼症についての意見
甲状腺眼症の心理的影響
欧州における甲状腺眼症の治療の現状:各国調査の結果
甲状腺機能亢進症に対する治療とバセドウ病眼症の経過との関係
バセドウ病眼症の予防<論説>
質問と回答集・甲状腺眼症

喫煙と甲状腺の関係については以下を参考にしてください。
喫煙:ほとんど知られていない甲状腺疾患とのつながり
喫煙と甲状腺
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. . .

参考文献]・[もどる