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症状がわずかかもしくは症状がみられない患者に対するスクリーニングの是非は、最近のNEJMに掲載された(4)。高齢者、特に女性で見逃されている甲状腺機能低下症の頻度は高いので、アメリカ甲状腺学会は成人に対してTSHでスクリーニングをすることを勧めている(5)。入院患者では、甲状腺機能検査は通常検査になってきている。そのようなスクリーニングを行なえば、頻度としては低いが、抑制されたTSH値と正常なT3、T4値を示す患者を必然的に見出すことができる。ある英国で行なわれた研究では、外来を受診した甲状腺ホルモンを服用していない1,210人の患者のうち、16人(1.3%)でTSH値が抑制されていた(6)。一年間経過観察したところ、たった一人が甲状腺機能亢進症になったのみで、2人はTSH値は正常になった。一過性の重症疾患のせいや薬物のせいで、TSH値が抑制されていたのかもしれない。多結節性甲状腺腫では、潜在性甲状腺機能亢進症から顕性甲状腺機能亢進症になる確率は年5%である(7)。ヨード欠乏地域でヨード補給をした場合やアミオダロン<注釈:商品名、アンカロン>のようなヨードを含有している薬剤を投与されていると、その頻度は高くなる。バセドウ病では、再発、寛解を繰り返したり、甲状腺機能低下症に陥る症例があり、長期間かけて顕性甲状腺機能亢進症に進展することは希である。
スクリーニングや甲状腺腫の精査で潜在性甲状腺機能亢進症が見つかった場合、治療すべきであろうか?定期的な検査は別として、潜在性甲状腺機能亢進症の治療は基本的には顕性甲状腺機能亢進症の治療と同じである。抗甲状腺剤の投与(バセドウ病の場合のみ)か放射性ヨード治療である。潜在性甲状腺機能亢進症では、放射性ヨード摂取率が顕性甲状腺機能亢進症のそれと比べて、低い傾向にある。しかし、顕性甲状腺機能亢進症に比べて、潜在性甲状腺機能亢進症が放射性ヨード治療が効きにくいという証拠はない。縦隔を圧迫するくらい巨大な多結節性甲状腺腫の場合には、手術をすることもある。潜在性甲状腺機能亢進症を治療する理由のひとつに顕性甲状腺機能亢進症への進展の予防がある。心房細動の予防、骨粗しょう症の予防なども治療による利益かもしれないが、その予防効果はどれくらいのものであろうか? |
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潜在性甲状腺機能亢進症が心房細動の危険因子であることを示す証拠は、フラミンガム研究(8)から得られた結果である。60歳以上の2007人を10年間経過観察して、観察開始時の血清TSH値と心房細動の関連について検討した。観察開始時の血清TSH値が0.1mU/L未満であった61名のうち、10年後に13名が心房細動になった。この13名のうち、サイロキシン治療を受けていたのが何人かは記載がない。観察開始時の血清TSH値が0.1mU/L未満であった61名の心房細動になる危険率は観察開始時の血清TSH値が正常(0.4〜5.0mU/L)であった群に比べて、3.1倍高かった。サイロキシンを服用している患者を除外しても、その危険率は同じであった。低いが測定可能なTSH値の群(0.1〜0.4mU/L)では、心房細動になる危険率は観察開始時の血清TSH値が正常(0.4〜5.0mU/L)であった群と変わりなかった。
抗甲状腺治療によって心房細動になるリスクを一般の人と同じ頻度に下げることができると仮定して、一例の心房細動を予防するのに4.2人の潜在性甲状腺機能亢進症患者を治療する必要がある(9)。抗甲状腺治療によって血中TSH値が正常になったら、潜在性甲状腺機能亢進症患者を持つ患者の心房細動が、自然にまたはDCカウンターによって治るという証拠は限られた研究で観察されているにすぎない(10)。
甲状腺ホルモンが高くて症状がある時期の心房細動は、一般的には全身の血栓症の危険因子と考えられているが、報告されている血栓症の頻度は無視できるくらい低いものから40%までと様々である。あまりに極端に違いすぎるので、実際臨床の場で、その結果は反映されない。それらの研究は正確な甲状腺機能検査ができない頃の研究であり、また甲状腺機能亢進症の早期診断が今ほど早くできなかったので、たとえ血栓症の危険率が10%であるとしても過大評価と思える。しかしながら、今までの研究成果から弁膜症とは関係ない心房細動を持つ患者において甲状腺機能亢進症で心房細動を持つ患者は、心房細動を持たない甲状腺機能亢進症患者に比べて、血栓症になる危険性が高いことが示唆される。潜在性甲状腺機能亢進症患者を持つ患者の心房細動が、血栓症の危険性を増すかどうかは分かっていない。 |
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明らかな甲状腺機能亢進症は骨粗鬆症のリスク因子である。しかし、潜在性甲状腺機能亢進症が骨粗鬆症のリスク因子であるかどうかは不明である。抗甲状腺剤の治療で甲状腺ホルモンが正常になっても、血清TSH値が抑制されていると、バセドウ病の特徴である骨の破壊は持続してみられる(12)。多結節性甲状腺腫による潜在性甲状腺機能亢進症患者を対象とした2つの研究で、年齢を一致させた正常者に比べて、大腿骨骨頭および橈骨の骨量が有意に減少していることがわかった(13,14)。この骨量の減少が骨折と関連しているかどうかは、今のところ不明である。もっと印象的な研究は、多結節性甲状腺腫による潜在性甲状腺機能亢進症を持つ閉経後の女性は年2%骨量が減少するが、甲状腺機能亢進症を治療して血清TSH値を正常にすると、骨量の減少は抑えられると報告している(15,16)。
多数例の閉経後女性を対象とした分析では、甲状腺ホルモン剤服用による潜在性甲状腺機能亢進症になっている患者は甲状腺機能正常の人に比べて、骨が弱りやすいことが示唆されている(17)。しかし、閉経前の女性で甲状腺ホルモン剤を投与されていて、血清TSH値が正常な患者でも同じように骨量が減少している結果が出たために、これらの結果の妥当性は疑問視されている。さらに、甲状腺機能亢進症の既往を持つ患者を除外すると、甲状腺ホルモン剤を服用している高齢女性で報告されている骨折の危険性はみられなくなる(18)。ゆえに、甲状腺ホルモン剤服用による潜在性甲状腺機能亢進症が骨粗鬆症の危険因子であるという結論には至らない(19,20)。 |
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甲状腺ホルモン剤服用による潜在性甲状腺機能亢進症やバセドウ病、多結節性甲状腺腫による潜在性甲状腺機能亢進症が他の異常も引き起こしてくる。多結節性甲状腺腫による潜在性甲状腺機能亢進症患者で、左心室重量の増加、収縮期機能の増加、拡張期機能の障害がみられるという報告があるが、これらの変化が患者に実際どれくらい影響を与えているのかは分かっていない(21)。それらの患者に質問状を出して検討したところ、多結節性甲状腺腫による潜在性甲状腺機能亢進症患者では、生活の質が損なわれていると報告している(21)。血清TSH値を正常化すれば、これらの異常が改善されるのかどうかは分かっていない。最近の研究によると、55歳以上のバセドウ病、多結節性甲状腺腫による潜在性甲状腺機能亢進症患者では(特に、抗TPO抗体陽性例で)、痴呆やアルツハイマー病になりやすいことが分かった(22)。しかし、この研究は追試が必要である。
サイロキシンによるTSH抑制療法を長期間受けている患者では、心機能の予備能や最大心能力の低下がみられると報告されている(23)。しかし、このような異常はサイロキシンを減量することで(減量しても、まだ潜在性甲状腺機能亢進症の状態ではあるが)、改善する(24)。サイロキシンによるTSH抑制療法を短期間受けている患者での検討では、夜間の心拍数の増加や日中の尿中ナトリウム排泄量と夜間の尿中ナトリウム排泄量の比の変化などがみられる。これらの変化は症状のある甲状腺機能亢進症でみられるのと同じ異常であるが、この異常は長期間は持続しないように思われる(26)。 |