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乳頭癌と濾胞癌に対する最新の治療法
Ernest L Mazzaferri, Richard T Kloos
J Clin Endocrinol Metab 86: 1447-1463, 2001

共に分化型甲状腺癌として呼ばれる乳頭癌濾胞癌は、早期に発見されれば通常は治せる。しかし、分化型甲状腺癌の治療は前向き無作為試験がない。この病気は経過が長く、頻度も低いため今のところ誰も行う予定もなさそうなので、治療はたびたび場当たり的なものとなる。代わりに、医師は多くの症例を対象とした研究の成績に頼るわけであるが、治療法について論争になることがある。にもかかわらず、アメリカでは1973年から1996年までの間に死亡率が有意に低下している(20%、p<0.05)(1)。これは分化型甲状腺癌の早期発見と適切な治療のためである。分化型甲状腺癌は甲状腺癌の90%を占め、また甲状腺癌で死亡する人の70%を占める(2)。しかし、死亡率の低下は女性でみられるだけである(1)。多分、女性は男性に比べて医療機関で検査を受ける機会が多いためと思われる。男性の場合は、通常甲状腺癌が見つかる年令も高いことが予後の良くない理由であろう(1)。分化型甲状腺癌は、早期に発見されたときには手術で完全に切除され、術後131-I治療を行うという治療法がこの20〜30年間で定着した(3,4)。乳頭癌も濾胞癌も基本的には治療法は同じであるので、以下に述べる議論の多くは分化型甲状腺癌に関するものである。

背 景
頻度と死亡率
甲状腺癌の年間発生率は1993年から比べると、約50%増加している。年間18,000人が甲状腺癌と診断されている。1999年のアメリカにおける甲状腺癌による死亡は年間1,200人である(1)。アメリカの大規模な研究では、10年生存率は乳頭癌で93%、濾胞癌で85%である(2)。我々が治療した患者1,528人は、前述の研究の対象患者と比べて、年令が少し若いためか、40年生存率は乳頭癌で94%、濾胞癌で84%である(p=0.0001)。濾胞癌患者の方が、診断を受けたときの年令が高く、重症例が多かった。甲状腺癌で死亡するケースの約半数は肺転移による呼吸不全か気管圧迫による窒息のためである。
再発率
我々の症例では、40年間での再発率は約35%である。再発の2/3は最初の治療から10年以内に起こっている【図1A】。遠隔転移も含めて、再発率は20歳未満と60歳以上で高かった【図1B】。30年間での死亡率は、局所再発にて12%、遠隔転移にて43%であった(p=0.001)。我々の症例では、再発の68%は局所再発である。局所再発の正確な部位が分かっている170人のうち、頸部軟部組織の再発では、30年間での死亡率が30%と、頸部リンパ節再発や対側甲状腺の再発(16%、p<0.05)と比べて高かった。再発の32%は遠隔転移で、ほとんどは肺転移であった:これらの患者は40年間経過をみているが、半数は死亡している。
再発を予測する危険因子とそれに対する治療
ほとんどの医師は、今の時点ではここで勧める治療や危険因子に基づいて経過観察することに反対の意見を持っているので、癌の再発と死亡率に対する危険因子を簡単にまとめることは重要である。いくつかの因子は、分化型甲状腺癌がどのように発育するかを示している(【表1】(6))。最初の因子は、患者自体の背景である:診断を受けたときの年令、性、家族歴である(3)。死亡率は40歳以下では低いが、年令が上がるにつれて死亡率も高くなる【図1】。しかし、再発率は20歳以下と60歳以上で、特に高い(〜40%)【図1】(3)。男性は女性と比べると、分化型甲状腺癌の頻度は約半分であるが、死亡率は2倍高い(【表2】(1,3))。
2番目の危険因子は、腫瘍自体の長期予後に対するステージ分類である。組織学的な分類(核異型性、壊死、血管浸潤)は予後を決定する強力で、独立した因子であるが(7)、ある研究で乳頭癌のみ組織学的な分類が予後を決定する因子になっている。
3番目の独立した予後決定因子は最初の治療と関連している【表2】
病期(ステージ)分類
病期分類は通常、分類した患者の死亡率を正しく反映する。特に、リスクを単に低いか高いかだけで分類している場合(9,10)には、いまだに最もリスクの低い群でも死亡する人はいる(2,8)。多数例を対象とした研究(5)では、分化型甲状腺癌で死亡する10%以上の人がアメリカ癌ステージ分類委員会(TNM分類)でステージ1か2である。若い人が再発しやすいために、年令を加味した分類を使用すると再発や生存率を予測するのに正確性を欠くようになる【図1B】。多くのステージ分類は、再発や治療効果を考慮に入れない多変量解析から作成される。全てのステージ分類は、手術後にのみ役立つ情報に依存している。ほとんどの分類で、低いステージ<注釈:一般的にステージが低いと予後が良いと考えられている>だからといって、再発や死亡から免れることを保証することはできない。すなわち、治療法を選択する場合に不完全なガイドしか提供できないのである。ステージ分類は、疫学調査においては効果を発揮できる。TNM分類は危険因子として年令を重視しているが、多くの医師は治療法を決めるのに年令は考慮に入れない(6)
治療に関する現況
アメリカとヨーロッパから発表されたいくつかの研究は、甲状腺癌の再発や死亡の可能性がある症例に対しては、甲状腺全摘術もしくは準甲状腺全摘術後にアイソトープ治療(内照射)と甲状腺ホルモン剤投与を行う治療を行っていることを示している(6,11-16)。外照射<注釈:外から放射線を当てること>は、初回治療としては、あまり行われない。通常、アイソトープ治療(内照射)の後に行われることが多い。しかし、年令が40歳以上でTNM分類ステージ4の患者、特に乳頭癌(6,17-19)や切除不能な大きな腫瘍(6,19)に対して、術後に外照射を行うことがある。
国家統合的癌ネットワーク(NCCN: National Comprehensive Cancer Network)のガイドライン
NCCNのガイドライン<注釈:NCCNのHPで簡単な登録をすれば、ガイドラインをみることができます>が、甲状腺癌の診断と治療に関して一番最新で、分かりやすいものである(6)。前向き、無作為試験の代わりに、甲状腺結節と甲状腺癌の診断と治療法を討議して、ガイドラインを作成するために、17人の専門家集団が集まった。1999年11月に発表されたガイドライン(6)が、毎年見直され、改訂される。
診断と治療の遅れ
迅速な診断が予後を決める。ある研究(13)によると、手術をした5,584症例の約40%では、穿刺吸引細胞診を術前に行っていないが、アメリカの内分泌医は甲状腺結節に対して、ルーチンに穿刺吸引細胞診を行い、その結果を重要視する。ゆえに、迅速な治療決定がなされる(20)。内分泌医によって穿刺吸引細胞診が行われれば、一般医が穿刺吸引細胞診を行うより、費用もかからないし、時間もかからないばかりでなく、患者も不必要な手術を避けることができる(21)。ある研究(21)によると、一般医が診ている場合には、診断がつくまでに12ヶ月以上かかる症例は30%にも及ぶという。この遅れは、死亡率の増加を招き、遅れが長くなればなるほど死亡率は増加し、高齢者のリスクと比べてもひけをとらないものとなる(【表2】(3))。

初回外科治療
甲状腺全摘術もしくは準甲状腺全摘術と甲状腺葉切除術の比較
多分、これは甲状腺癌の治療に関する最も議論の多い事項と思われる<注釈:手術法についての基礎知識>。多くの外科医は準甲状腺全摘術を行っているが、治療法の決定は医師の裁量に任せられており、どこまで切除するのか、残す甲状腺組織量などについても多くの疑問がある。この理由から、NCCNの甲状腺癌のガイドラインは、特にこの問題点を克服している(6)。実際には、放射性ヨードによる全身シンチ(WBS: Whole Body Scan)を行うと、多くの患者で甲状腺残置量が想像より多いことが分かる。また、甲状腺全摘術を行っているはずなのに血清サイログロブリンが測定できることもある。甲状腺超音波は、どれくらい甲状腺を切除しているのか分からないときに有用である。甲状腺残置量が2g以内なら、術後に行う放射性ヨード治療がやりやすくなる(23)
争 点
主な議論は、直径が1〜4cm(T2)で遠隔転移のない腫瘍に対する最適な切除範囲についてである。議論のもとになる原因は、癌の再発や死亡における影響を考慮しないで、年令だけをステージ分類に使用することにある【図1B】。死亡率は低いが再発が多い若い患者は、TNM分類AMES分類(Age Metastases Extent Size)ではリスクが低い群と考えられる。そこで、若い患者に対しては、甲状腺葉切除術を正当化する外科医がいる(24)。甲状腺葉切除術の提唱者は、甲状腺全摘術の場合は合併症の発生頻度が高くなると主張する(25,26)。にもかかわらず、アメリカの1,500以上の病院での分析から、甲状腺癌5,584例のうち、大部分(77.4%)は組織型やステージに関わりなく、甲状腺全摘術を受けていた(13)。甲状腺全摘術を行う、やむにやまれぬ事情があるのである。
甲状腺葉切除術における再発率
甲状腺葉切除術のみを行った場合には、残した片葉<注釈:甲状腺の左右どちらかの半分>に5〜10%再発が起こり(27,28)、局所再発の頻度も高くなり【図2】、術後の肺転移の頻度が高くなる(11%)(29)。頸部リンパ節転移や甲状腺内多発性例では再発率が高いために(3)、甲状腺全摘術と放射性ヨード治療を行うことが正当化される。甲状腺葉切除術が行われたら、治療可能な時期に対側<注釈:切除した甲状腺と反対側>の甲状腺への顕微鏡的な小さい転移を見逃したり、放射性ヨードシンチによる診断をやりずらくする可能性がある。我々の研究では、甲状腺葉切除術より広範囲に切除することは、癌再発に影響を及ぼす独立した因子である【表2】。DeGrootら(8)も、広範囲に切除することが再発を減らすと報告している。
甲状腺葉切除術における死亡率
手術範囲<注釈:どれくらい切除するか>が生存曲線<注釈:手術後の生存者を年数でみたもの>に影響を及ぼしていることは証明されているが、手術範囲が分化型甲状腺癌の生存率に影響を及ぼしていることを示すのはさらに難しい。例えば、Hayら(28)は、AGES(Age Grade Extent Size)スコアー3.99以下の低リスク群乳頭癌を持つ患者に対して、甲状腺葉切除術より広範囲に切除しても、生存率に改善はみられなかったと報告している。後になって、彼らはAMES分類で低リスク群乳頭癌を持つ患者に対して、甲状腺葉切除術と甲状腺全摘術を行い、生存率の比較を行った(30)。甲状腺葉切除術と甲状腺全摘術の間には、生存率や遠隔転移には差はみられなかったが、甲状腺葉切除術において、20年後の局所再発(14%)とリンパ節転移(19%)で有意に頻度が高かった。甲状腺全摘術において、20年後の局所再発とリンパ節転移はそれぞれ2%と6%であった(p=0.0001)。結論として、Hayら(30)は、甲状腺全摘術は低リスク群乳頭癌を持つ患者に対して、初回手術として適していると述べている。DeGrootら(8)は、遠隔転移のない分化型甲状腺癌に対して広範囲に切除する方法で、癌による死亡率が減少することを報告している。しかしながら、T4<注釈:TNM分類で、腫瘍サイズにかかわりなく癌細胞が甲状腺被膜を越えているもの:すなわち、甲状腺外に癌細胞が出ているもの>の甲状腺癌を除外すると、広範囲に切除する方法による死亡率の差は認められない。術後に放射性ヨード治療を行うことが、手術のみによる効果の判定を困難にしている(8)。我々の研究では、甲状腺全摘術や準甲状腺全摘術後に放射性ヨード治療と甲状腺ホルモン剤を使用する方法は、他の治療法、例えば甲状腺全摘術後に甲状腺ホルモン剤を使用する方法などに比べて、有意に再発や遠隔転移が減少した【図2】。手術と放射性ヨード治療は、再発や死亡率に対して、独立した効果を発揮する【表2】。平均16.6年の観察期間から、甲状腺葉切除術より広範囲に切除する術式は死亡を50%減少させる独立した因子である【表2】
甲状腺とリンパ節に対する手術におけるNCCNガイドラインの立場
NCCNガイドラインは、もしリンパ節転移がみられれば、リスクの高い分化型甲状腺癌に行うのと同じように、甲状腺全摘術と両側傍気管リンパ節郭清または癌のある側の保存的頸部郭清術<注釈:胸鎖乳突筋、内頸静脈、副神経を温存する手術>を推奨している(【表1】(6))。乳頭癌における最も多い転移部位である頸部リンパ節転移は、50〜80%の症例でみられ、特に傍気管リンパ節領域に多く、中頸静脈領域、鎖骨上領域、二腹筋下領域<注釈:顎の下の筋肉>の順で多い(31)。リンパ節転移、特に両側頸部リンパ節転移と縦隔リンパ節転移は、再発や死亡率に影響を与える独立した因子であることを我々は見いだした【表2】。全員がこの考えに賛成しているわけではないが、他の研究でもTNM分類でT1〜T3<注釈:T1: 直径1cm未満、T2: 直径1〜4cm、T3: 直径4cm以上>の甲状腺癌患者に対して、リンパ節郭清を行うと、再発(p<0.0001)や生存率(p<0.005)が有意に改善することを報告している(32)。NCCNメンバーの中にも、低リスク〜中リスク(T2, N0<注釈:頸部リンパ節転移のないもの>(6))の分化型甲状腺癌に対しての初回治療として甲状腺全摘術を行うことに反対意見がある。
他のガイドライン
ほとんどの欧米の外科医は、甲状腺癌の診断がついていたら、甲状腺全摘術か準甲状腺全摘術を行う(6,8,11,13-16)。この治療法は、子供や若い患者にも適応される。子供や若い患者は、60〜80%が頸部リンパ節転移を、10〜20%が遠隔転移をしているからである(30,33,34,35-37)。我々の研究でも、15歳以下の50例のうち、28%は遠隔転移(多くは肺転移)がみられた:8%は最初に診断がついたとき遠隔転移があり、20%は再発である【図1B】。小児の分化型甲状腺癌の長期生存率は90%を越えているが、甲状腺全摘術を行うと生存率が改善する(32,35)
高度に浸潤した甲状腺癌に対する手術
喉頭や気管に浸潤した分化型甲状腺癌に対する手術については反対意見もある(38)。喉頭、気管、反回神経に浸潤した癌組織を切除することが、死亡率を減少させるために推奨されている(32)。しかし、このような根治的手術を行っても、高度に周辺組織に浸潤した分化型甲状腺癌を治すことは不可能のように思えるが、気道の確保には役立っているかもしれない(38)。肉眼的にみえる癌組織の取り残しは、若い患者でさえも予後は非常に悪いものとなる(35)
微小乳頭癌や浸潤の少ない濾胞癌に対する手術
頸部への放射線照射の既往がなく、癌が単発性であり、血管浸潤がなく甲状腺内にあり、予後不良を示す組織学的特徴がないのなら、良性甲状腺疾患の術後に見つかった微小乳頭癌(1cm未満)に対しては、甲状腺葉切除術のみで十分である(3,39,40)。穿刺吸引細胞診や凍結切片で診断できない浸潤の少ない小さな(直径4cm未満)濾胞癌に対しても、治療法は甲状腺葉切除術のみで十分である(41)。正常甲状腺組織が多く残っていると、術後の血清サイログロブリン(Tg)値や放射性ヨード全身シンチ(WBS)による長期経過観察の妨げになるので、NCCNガイドラインでは甲状腺をすべて切除することについて検討することを推奨しているが、微小乳頭癌や浸潤の少ない濾胞癌に対しては不必要であると思う(6)
残った甲状腺組織を完全に切除すること
再発の可能性がある症例では、全例において残った対側の甲状腺を全部切除すべきである(23)。甲状腺が半分残っている症例に対して放射性ヨード治療を行うと、治療後に放射線性甲状腺炎を起こして痛みや腫れがでたり、甲状腺ホルモンが高くなることがあるために、勧められない。残った対側の甲状腺組織があると、甲状腺機能低下症にならないので十分に血清TSHが増加しない(42)ために、放射性ヨードの取り込みが不十分で完全に甲状腺組織を破壊できない可能性がある(23,43)<注釈:現在ではrh-TSHを使用すれば、放射性ヨードの取り込みが増えるので、放射性ヨード治療による甲状腺の破壊も可能かもしれない>。
残った甲状腺組織を完全に切除することに対する理論的根拠
この手技は熟練された外科医が行えば、合併症を起こす危険性は非常に低く安全である。さらに、この手技を行えば、隠れた遠隔転移を見つけるのに都合がよくなるし、死亡率を減少するのに役立つかもしれない。癌は対側の甲状腺に約半数の症例で見つかる(44,45)。チェルノブイリ原発事故で甲状腺癌になった小児で検討したところ、残った対側の甲状腺を全部切除すると、60%以上の症例で今まで気付かなかった肺転移やリンパ節転移が見つかったと報告されている(36)。別の研究では、多変量解析の結果、初回手術から6ヶ月以内に残った対側甲状腺に対して全部切除を受けた患者は、その手技を初回手術から6ヶ月以上経ってから行った患者と比べて、有意に遠隔転移やリンパ節転移転移が減り、生存率も改善した(46)。甲状腺葉切除術後に組織検査で甲状腺癌が見つかり、そのサイズが1cm以上の場合、転移がある場合、局所再発の場合、甲状腺葉切除術後に組織検査で切除辺縁に癌組織がある場合には、残った対側の甲状腺を全部切除すべきである(6)
外科手術の合併症
甲状腺全摘術と頸部リンパ節郭清を行ったときに一番起こりやすい合併症は副甲状腺機能低下症や反回神経麻痺である(13)。甲状腺全摘術直後に起こる一過性の副甲状腺機能低下症の頻度は成人で10%(13)、小児で20%である(36,37,47)。永続性の反回神経麻痺や副甲状腺機能低下症の頻度はずっと低いものである。7つの施設から発表された研究をまとめた論文をみると、永続性の術後副甲状腺機能低下症と反回神経麻痺の頻度は、甲状腺全摘術の場合はそれぞれ3%と2.6%であり、甲状腺亜全摘術の場合はそれぞれ1.9%と0.2%であった(48)。ある研究では、甲状腺全摘術後の一過性の低カルシウム血症は5.4%にみられるが、永続性のものは一年後に0.5%でみられるにすぎない(49)。小児では、永続性術後副甲状腺機能低下症の頻度は高く、10%以上みられる(50)。メリーランド州で治療された5,860例の分化型甲状腺癌の検討では、年間100例以上の甲状腺疾患の手術をしている外科医は術後の合併症を起こす頻度が一番低かった(4.3%):年間10例以下しか甲状腺疾患の手術をしていない外科医の場合は、術後の合併症を起こす頻度が年間100例以上の外科医と比べると4倍高くなる(51)。別の研究でも、術後の合併症を起こす頻度は外科医の熟練度に依存すると報告している(52)

残置正常甲状腺組織に対する放射性ヨード治療による甲状腺組織除去
甲状腺全摘術もしくは準甲状腺全摘術を行って、癌組織を完全に切除できた場合でも、通常は、残置正常甲状腺組織に放射性ヨードの取り込みがみられる(22)。この残置正常甲状腺組織を放射性ヨードを投与して破壊することを、残置甲状腺除去と呼ぶ。
残置甲状腺除去に対する理論的根拠
準甲状腺全摘術後に行う放射性ヨード治療については今でも賛否両論あるが、放射性ヨード治療をするにはいくつかの理由がある。まず第一に、正常甲状腺が残っているとリンパ節転移や遠隔転移への放射性ヨードの取り込みが分かりにくくなる(36,55)
2番目には、甲状腺組織が残っていると癌細胞に放射性ヨードが十分取り込むのに必要な血清TSH値に達することができない<注釈:血清TSH値が低いと放射性ヨードが十分取り込まない>(42)。事実、残置甲状腺量が大きい場合には、手術で切除すべきである。
3番目には、血清サイログロブリン(Tg)値は血清TSH値の影響を受けやすい。血清サイログロブリン(Tg)値は、残置甲状腺がないときに癌の再発を見つける最も信頼性の高い検査である。この血清サイログロブリン(Tg)値の信頼性を高めるには、残置甲状腺を放射性ヨードで破壊することが必要である(56)
4番目に、肺転移は術後に放射性ヨード治療をしたときのみ全身シンチ検査(WBS)で発見できるかもしれない(57,58)
最後に、放射性ヨード治療による残置甲状腺除去は、甲状腺濾胞細胞を破壊して将来、甲状腺癌になる可能性を排除できるし(59)、数年後に再発してくる微小癌がある場合には、それを治療できる(【図2】【図3】)。
多発性乳頭癌
多発性乳頭癌の予後ははっきり分かっていないが、多発性乳頭癌はよくみられる(3)。長い間、多発性乳頭癌はそれぞれ別個にできるのではなく、甲状腺内の転移であると考えられてきたが、最近の考え方は全く正反対になってきた。ある研究で、多発性乳頭癌17例についてすべての癌を別個に検討したところ、すべての癌に同一のRET/PTC遺伝子を持っていたのは2例にすぎなかった。残り15例では、それぞれの癌で異なったRET/PTC遺伝子<注釈:癌遺伝子の一種>を持っていたことがわかった(59)。この研究から分かることは、それぞれの癌は遺伝的もしくは環境的因子により個別に発生してくることがわかる。数年後に、対側の甲状腺に乳頭癌が再発してくる理由も、遺伝的もしくは環境的因子説で説明できる。
放射性ヨード治療による残置甲状腺除去の適応
放射性ヨード治療による残置甲状腺除去をするかどうかは、甲状腺全摘術や準甲状腺全摘術を行うかどうかの決定と深く関与する。残置甲状腺除去は術後の放射性ヨードシンチで残置甲状腺に放射性ヨードの取り込みがある場合や再発の可能性がある症例の術後に癌細胞が証明できないような場合に、行うべきである(54)。放射性ヨード治療による残置甲状腺除去を行って6〜12ヶ月後に、甲状腺への放射性ヨード摂取率が48時間後に0.5%以下なら、追加の放射性ヨード治療による残置甲状腺除去は必要でない。もし、血清サイログロブリン(Tg)が低いなら、そんなに低い放射性ヨードの取り込みは局所の癌細胞の存在を否定できるし、血清サイログロブリンが高い場合(10ng/ml以上)には、サイログロブリン高値の原因にはなりえない(60)。実地臨床の問題として、甲状腺全摘術や準甲状腺全摘術を受けた患者のほとんどは、残置甲状腺に放射性ヨードの取り込みがみられ、放射性ヨード治療による残置甲状腺除去を要する。ある研究者は、TNM分類に基づいて放射性ヨード治療による残置甲状腺除去は行うべきであるとアドバイスしているが(61)、同じ研究者はまた自分たちのクリニックで放射性ヨード治療による残置甲状腺除去を行った患者の38%は低リスク群であると報告している(T1またはT2でN0(11))。一旦、放射性ヨードシンチ検査のために甲状腺ホルモン剤が中止され、ヨード制限に入ったら、全身シンチ検査(WBS)と同時に放射性ヨード治療による残置甲状腺除去ができるし、この量なら通常外来で行える(3,8,18,62)<注釈:通常、残置甲状腺除去の目的では30mCiを投与する。以前、アメリカでは29.9mCiまでなら外来で投与可能であったが、1997年から州によってはそれ以上の量を外来で投与可能になっている。日本では、外来投与が13.3mCiまでであるので、2〜3 回に分割すれば可能であるが、入院で行う方が一回で済むし、患者も楽である>。
放射性ヨード治療による残置甲状腺除去の治療的効果
多くの研究者は、放射性ヨード治療による残置甲状腺除去を行うと再発率が低下することや死亡率が低下すると報告しているが(54)、すべての研究者が同じ報告をしているわけではない。この違いは、多分、後者はより広範囲な切除を行っているのであろう(53)。前向き研究で、25年間経過をみている研究では術後に放射性ヨード治療がうまくいっている44例では死亡は一人もいないが、術後に放射性ヨード治療ができなかった症例では70%が死亡している(63)。別の研究では、腫瘍径が1cm以上で予後のいいもの(ステージ1や2)は、放射性ヨード治療による残置甲状腺除去を行うと再発率が低下すると報告している。さらに、もっと進行した分化型甲状腺癌においては、死亡率をも減少させると報告している(ステージ3や4(64))。また別の研究では、分化型甲状腺癌58例に対して、甲状腺部分切除術を行った場合には肺転移は11%に、甲状腺亜全摘術と放射性ヨード治療による残置甲状腺除去を行った場合には肺転移は5%に、甲状腺全摘術を行った場合には肺転移は3%にみられたが、甲状腺全摘術と放射性ヨード治療による残置甲状腺除去を行った場合には肺転移は1.3%のみにみられただけであった(29)。顕微鏡的な微小癌(乳頭癌や濾胞癌)が存在する可能性がある残存甲状腺組織を主に放射性ヨード治療による残置甲状腺除去で治療したカナダの13病院・計321例の分化型甲状腺癌患者を検討したところ、術後に外照射もしくは放射性ヨード治療あるいは両者併用を行った群が、術後に甲状腺ホルモン剤のみを投与していた群より局所再発が少なかった(p<0.001(19))。肉眼的には手術で切除したのだが、顕微鏡的な微小な癌組織の取り残しのある症例では20年生存率は40%と低いが、術後に外照射もしくは放射性ヨード治療を追加治療した場合、20年生存率は90%になる(p<0.01)。明らかな癌の取り残しがない症例では、術後に放射性ヨード治療を行っても生存率には差はでない(19)。その後、カナダから382例の分化型甲状腺癌を対象とした研究が発表された(18)。それによると、甲状腺全摘術と術後放射性ヨード治療による残置甲状腺除去を行った場合、局所再発の頻度が有意に減少したと報告している。これは、腫瘍のステージとは関係がなかった。

腫瘍径が1.5cm以上の患者では、術後に放射性ヨード治療による残置甲状腺除去を行った場合、甲状腺ホルモン剤のみかもしくは何の治療もしていなかった場合に比べて、再発、遠隔転移、死亡率(40歳以上の場合)が有意に減少した(54)。最近の分析では、230例は術後に放射性ヨード治療による残置甲状腺除去を行った、789例は術後に甲状腺ホルモン剤のみ投与した、163例は何の治療もしなかった:彼らの平均観察期間はそれぞれ、14.7年、20.8年、21.2年である。甲状腺ホルモン剤のみ投与していた症例では、術後に放射性ヨード治療による残置甲状腺除去を行った場合と比べて、再発率は4倍になり(p<0.0001)【図3A】、遠隔転移は5倍になった【図3B】(p<0.02)。年令が40歳以上で腫瘍径が1.5cm以上の患者で40年間経過をみているが、術後に放射性ヨード治療による残置甲状腺除去を行った場合、術後の他の治療と比べて死亡率が低い【表3】(p<0.0001)。初回治療時に遠隔転移のみられなかった1,510例を分析すると、術後の放射性ヨード治療による残置甲状腺除去は、再発率、遠隔転移、死亡率を減少させる独立した要因である【表2】。術後の放射性ヨード治療による残置甲状腺除去は2つの群に分けられる:29〜50mCiを投与された62例(46%)と51〜200mCiを投与された72例(54%)である。しかし、両群とも30年後の再発率は差がない(それぞれ4%と6%, p=0.1)。
放射性ヨード治療による残置甲状腺除去に使用する131-Iの投与量の選択
もし、残置甲状腺量が少ないのなら、通常、放射性ヨード治療による残置甲状腺除去に使用する131-Iの投与量は30mCiである。これは、入院を避けるためのやり方である。しかし、1997年の規制緩和により外来患者でより多くの放射性ヨードを投与できるようになった(65)ために、ほとんどの州で入院の必要がなくなった。30mCi以上の放射性ヨードを服用した患者の家族の被爆量は、アメリカ放射性物質規制委員会が決めている最低量(5mSv)よりずっと低い(66)。費用を減らすことや全身の放射線被曝量を減らすことを目的として、できるだけ少ない投与量が望まれてきた。30mCi投与すると人体への被爆量は6.1rem、50mCi投与すると8.5rem、60mCi投与すると12.2remを被爆する(67)。さらに、100mCi投与すると唾液腺や精巣のダメージを引き起こす。
高用量の放射性ヨードによる残置甲状腺除去に対する議論
一部の研究者は、顕微鏡的微小癌を破壊するために高用量の放射性ヨード投与を勧めている(68)。メタ分析の研究では、30mCiの単回投与(46%)では、77〜100mCi投与(27%, p<0.001(69))に比べて、残置甲状腺を十分に破壊できない症例が多い。しかし、残置甲状腺を十分に破壊できない理由は、放射性ヨード治療による残置甲状腺除去をするには投与量が少ない場合や手術で切除する甲状腺量が一定でないことも一因である。準甲状腺全摘術の場合には、高用量の放射性ヨード投与でも少量の放射性ヨード投与でもほとんどの場合、完全に残置甲状腺除去が可能である(69)
少量の放射性ヨードによる残置甲状腺除去に対する議論
外科医が手術によって残置甲状腺を少量にしてくれれば、または残置甲状腺除去をするかどうかを2〜3mCiの131-I投与による全身シンチ検査(WBS)により決めるならば、30〜50mCiを投与された患者の80%以上では、残置甲状腺除去が可能である(70,71)。少量の放射性ヨードによる残置甲状腺除去が可能かどうかをみる目的で、無作為試験が行われた。一回投与で、30mCi投与した患者の81%で残置甲状腺除去が可能であった、また100mCi投与した患者の84%で残置甲状腺除去が可能であった(72)。別の無作為試験(70)では、25〜200mCiまでの決まった量を投与した研究で分かったことは、経験的な投与量を50mCiまで上げていくと、それ以上はいくら多く投与しても効果は同じであることが分かった:完全な残置甲状腺除去は30mCi投与では63%に、50mCi投与では78%に、90mCi投与では74%に、155mCi投与では77%に起こる。また別の研究では、残置甲状腺に少なくとも30,000rad(300Gy)以上照射できた症例では、一回投与量の平均が87mCi(26〜246mCi)の放射性ヨードを投与されており、入院患者で84%、外来患者で79%が完全に残置甲状腺除去ができた:外来で使用できる投与量(30mCi未満)を使用した症例は全体の47%である(23)。30,000rad(300Gy)以上の照射量を使用しても、残置甲状腺除去できる症例が増えるわけではない(70)。投与量に関係なく、放射性ヨード治療を行う前に、診断で多目の131-Iを投与した場合に残置甲状腺除去がうまくいかないことが多い(73)

放射性ヨード(131-I)全身シンチ(WBS)による診断
診断的目的または治療的目的で放射性ヨード(131-I)を投与した後に取り込みを調べる場合、血清TSHが30mU/L 以上に増加しない程の残置甲状腺量があると、放射性ヨード(131-I)全身シンチ(WBS)は役に立たない。残置甲状腺量が多いと星がはじけるような現象が起こり、病巣は見えなくなる。
甲状腺が画像で見にくい現象
2mCi以上の放射性ヨード(131-I)を投与すると、甲状腺組織内に取り込まれて、数週間は放射性ヨード(131-I)シンチをしても十分な取り込みが阻害される(74-76)。2mCiまたは3mCiの131-Iか500μCiの123-Iを使用すると、取り込みの阻害を避けることができるかもしれないが、残置甲状腺や転移を描出するにはより多い量の放射性ヨード(131-I)を投与したときと比べて感度が落ちる(75,77)。より多い量の123-Iを使用すれば、取り込みは改善されるかもしれないが、費用がかかりすぎる。放射性ヨード(131-I)治療の時期を延ばせば、取り込みの阻害に対抗できるかもしれない(75,76)。診断のために5mCiの131-Iを投与されて72時間後に放射性ヨード(131-I)治療を受けた172例では取り込みの阻害はみられなかった(22)。通常、術後の放射性ヨード(131-I)全身シンチ(WBS)は、残置甲状腺や甲状腺癌組織を破壊するための最適量を決めるために行われるのだが、全身シンチ(WBS)の別の目的として術後に血清 サイログロブリン(Tg)が高い場合に投与される放射性ヨード(131-I)治療後のシンチとして行われる。
診断的目的で放射性ヨード(131-I)全身シンチ(WBS)を行う際の131-I投与量
理想的には、2mCiの131-Iを投与してから24、48、72時間後に取り込みをみながら行うことが望ましいが、この方法は時間がかかる割には、利点が少ない(23)。2mCi(131-I)を投与した場合、転移巣は1gあたり0.02%の投与した131-Iを取り込む。これは、転移巣1gあたり0.4μCiの131-Iを含んでおり、最新のガンマカメラで十分に描出できる(23)。放射性ヨード(131-I)治療が効きやすい転移巣は、残置甲状腺量がない症例で、2mCi投与による131-Iシンチを行うと転移巣が描出されることが多い(23)。しかし、大量の131-I治療量を服用したのち、はじめて肺転移が見つかることもある(57)。r-hTSHで前処置して131-Iシンチを行う場合には、4mCiの131-Iを要し、この投与量で甲状腺ホルモン剤(サイロキシン)を中止して2mCi(131-I)を投与した場合と同じ描出効果が出る。これは、甲状腺ホルモン剤(サイロキシン)を中止しているときの甲状腺機能低下症の状態は131-Iの尿中への排泄が遅れるが(78)、r-hTSHで前処置して131-Iシンチを行う場合には131-Iの尿中への排泄が早いために131-Iの投与量が増えるのである。
131-Iシンチでの偽陽性所見
不必要な放射性ヨード(131-I)治療を選択する原因となる偽陽性<注釈:実際には転移がないのに転移があるようにみえること>は、体からの分泌液、漏出液や炎症によって引き起こされるかもしれない(79)。また偽陽性は、鼻咽頭、唾液腺、汗腺、胃、性器、泌尿器(尿)からの生理的な131-Iの排泄や尿、痰、涙などが皮膚に付着することで引き起こされるかもしれない(80)。131-Iをラベルしたサイログロブリン(Tg)を投与した場合、びまん性に肝臓へ取り込みがみられる【図4】。この肝臓へ取り込みは、術後投与の30mCiで40%に、150〜200mCi投与で70%にみられるが、残置甲状腺や転移巣に取り込みのみられない場合には、肝臓へのびまん性な取り込みは稀に転移であることがある(81)

癌細胞を完全に切除できなかった症例に対する放射性ヨード(131-I)治療
癌への放射性ヨード(131-I)の取り込み
放射性ヨード(131-I)治療の効果は、いかに癌細胞の中に放射性ヨード(131-I)が取り込まれ、そこでどれくらいの期間とどまるかで決まる。転移の1/2〜2/3は、放射性ヨード(131-I)を取り込むが、残りの症例では治療前にいかに細心の注意をして<注釈:甲状腺ホルモン剤を中止し、ヨード制限すること>大量の放射性ヨード(131-I)を投与したとしても、治療効果を発揮するのに十分な癌細胞への放射性ヨード(131-I)の取り込みは期待できない(82-84)。この癌細胞への取り込みの低下は、40歳以上の患者やHurthle細胞癌<注釈:濾胞癌の一種>の患者でみられることが多い(84)。一部の甲状腺癌、特にステージの高い進展した甲状腺癌では、ナトリウム-ヨードシンポーター(hNIS)遺伝子<注釈:ヨードを甲状腺内に取り込む働きをする蛋白を作る遺伝子>が少ない(85,86)。ナトリウム-ヨードシンポーター(hNIS)の転写後の異常がナトリウム-ヨードシンポーター(hNIS)の働きを阻害している可能性もある(87)
ヨード制限食
一日約50μgにヨード摂取を制限すれば、放射性ヨード(131-I)摂取率が増加し、100mCiの131-Iを投与した場合、甲状腺への照射量は2倍に増える(88)。しかし、131-Iの排泄が延長するために体全体の放射線被曝量が増えるかもしれない。ヨード制限は単調な食事を強いられることになるが、一日約50μgのヨード摂取は、ヨード含有食塩、乳製品、卵、魚などの海産物を制限することで達成できる(89)<注釈:日本ではこの量のヨード制限は不可能である。なぜなら、日本でできる作物にはすべてヨードが含まれている。どうがんばっても一日約200μgが精一杯ではないでしょうか。以前、野口病院で入院中のヨード制限食をしている患者さんの尿中ヨードを測定しましたが、200μg前後でした>。ヨード制限は放射性ヨード(131-I)治療2週間前から始め、治療後数日間は続けるべきである。利尿剤も使用されることがあるが、通常は不必要である(89)。甲状腺癌生存者協会(Thyroid Cancer Survivors Association)から出版されているヨード制限食に関する本(90)が役立つと思う。
癌細胞を完全に切除できなかった症例に対する放射性ヨード(131-I)治療の効果
放射性ヨード(131-I)治療は、甲状腺があった場所に癌がある場合や転移がある場合に適応がある(91)。手術が一番最良の治療法であるが、もし手術ができない場合、癌細胞が放射性ヨード(131-I)を取り込むなら放射性ヨード(131-I)治療が適応になる(6)。1,599人の分化型甲状腺癌を対象にした大規模研究で、放射性ヨード(131-I)治療は生存率に影響を及ぼす一番重要な因子であることが報告されている(92)。低リスク群の分化型甲状腺癌では、甲状腺ホルモン剤投与のみと比べると放射性ヨード(131-I)治療を受けたグループの方が再発や死亡が有意に低いことが分かっている(p<0.001)。しかし、高リスク群の分化型甲状腺癌患者では放射性ヨード(131-I)治療は、ほんの少しだけ利益があるだけである(92)。1,510人の遠隔転移のみられない分化型甲状腺癌を分析した結果では、放射性ヨード(131-I)治療は癌細胞を完全に切除できなかった症例に対して、再発、遠隔転移、癌死を有意に減少させる独立した因子であることを、我々は報告している【表2】
放射性ヨード(131-I)治療のやり方
放射性ヨード(131-I)治療には3つの方法がある。1番目は経験的な固定量を投与する方法、2番目は血液と全身の放射線量を測定して投与量を決める方法、3番目は腫瘍の放射線量を測定して投与量を決める方法である(65)
[固定量を投与する方法]
この方法が最も一般的で、簡単である。利点は、簡便さと安全性である。欠点は、癌細胞を破壊するのに不十分な投与量になる可能性である(23)。手術するには小さすぎる頸部リンパ節転移に対しては、100〜150mCiで治療する。甲状腺被膜を破って癌細胞が浸潤している症例には、150〜200mCiを投与し、遠隔転移のみられる症例には通常200mCiを投与するが、重篤な放射線障害や重要な臓器へのダメージは起こらない(44,65)。著明に放射性ヨードを取り込む肺転移に対しては、肺へのダメージを避けるために48時間後に全身の放射線量が80mCi以下になるように投与する。200mCi投与すれば、肺へのダメージを避けることができる(91)。小児に対する放射性ヨード(131-I)治療は症例数が少ないが、別の部位の癌になる危険性が少し増すだけで、肺転移やリンパ節転移に対しては有効である(91)。Reynolds(93)は、小児に放射性ヨードを投与する場合、成人投与する場合と同じで、体重や体表面積によって照射量を決める。体重が10kg、25kg、40kg、55kg、70kgまたは体表面積が0.4m2、0.8m2、1.2m2、1.4m2、1.7m2の場合、投与量はそれぞれ成人の投与量を1とすると0.2、0.4、0.6、0.8、1.0を投与する(91)。癌細胞を破壊するには、24時間後に投与した放射性ヨードの少なくとも0.1%が腫瘍に取り込む必要がある。しかし、肺転移があり、診断時に放射性ヨードの取り込みはなくても血清サイログロブリン(Tg)が高値なら、治療量の放射性ヨードを投与すればそのときの肺への取り込みは少なくても治療できる(57)
[腫瘍の放射線量を測定して投与量を決める方法]
2番目の方法は、腫瘍の放射線量を測定して投与量を決めるやり方である。この方法は、固定量を投与するやり方から比べると、不十分な場合や過剰投与を避けることができるので、好まれることがある。投与量は骨髄抑制などを起こす危険量を考慮せずに、リンパ節転移や遠隔転移巣に合わせた投与量を決めることができる。測定は一日一回以上、72〜96時間まで外来で行われる(91)。腫瘍への照射量が3,500rad(35Gy)以下なら、効果はないので、そのような症例では手術、外照射、内科治療を考慮すべきである(23,65)。ある研究では(23)、リンパ節転移が計算上8,500rad以上照射された症例の74%で治療が成功した。リンパ節転移に対しては、病変部に少なくとも14,000rad照射すれば、84%の患者で治療がうまくいく。病変部への照射が8,000rad以下だと、治療の成功率が低下する(23)。目的部に30,000radの照射をすれば、入院患者で84%、外来患者で79%が残置甲状腺を一回の放射性ヨード投与で破壊できる(23)。照射量を決めるためには、腫瘍や残置甲状腺のサイズを計算する必要があるが、肺のびまん性転移ではサイズの計算はできない。このような症例では、骨髄抑制の来ない最高量の投与をすることになる。
[血液と全身の放射線量を測定して投与量を決める方法]
3番目の方法は照射量を計算して、安全な放射性ヨード最大量を投与するやり方である。Benuaらによるパイオニアー的研究(94)により、血液に200radを越える照射を受けたとき、300mCi以上を服用したとき、治療48時間後の全身の放射線量が150mCiを越えているときには重大な副作用がでることが分かった。300mCiという限度量が決められた根拠は、300mCi以上を服用した29例中8例(28%)に重大な生命を脅かす副作用が出たが、300mCi未満を服用した93例では6例(6%)にのみ、そのような重篤な副作用がみられたという報告から導き出されたものである。一人の患者では、血液への照射や治療48時間後の全身の放射線量はクリアーしていたが、投与量が300mCi以上投与したことで重篤な副作用を起こしていた。この患者は骨転移を持っており、324mCiを服用したが、血液への照射は170rad、治療48時間後の全身の放射線量は81mCiであった。治療48時間後の全身の放射線量が120mCi以下である場合、またはびまん性肺転移があるときは治療48時間後の全身の放射線量が80mCi以下である場合、現在の血液への照射の許容量は200radである(95)。このような大量投与した場合の重篤な副作用は希であるが(96)、なくならない(97)
炭酸リチウムによる放射性ヨード治療効果増加作用
放射性ヨード治療を行う1週間前から炭酸リチウム<注釈:商品名リーマス、通常、うつ病の治療に使う>を一日300mg(または10mg/kg、一日1〜3回に分けて)投与すると、正常甲状腺組織の取り込みは少し増すだけだが、転移巣の取り込みは有意に増加させる。リチウムは正常甲状腺や癌細胞からヨード放出を阻害することで細胞内にヨードを蓄積させる作用がある(98)。他の臓器の被爆量を増やさないで、腫瘍への放射線照射(ヨードの生物学的半減期は6日未満である)が増加する。腫瘍への放射線照射は、ヨードの生物学的半減期が3日未満の場合に一番多い(98)。リチウム投与中は、放射性ヨードの貯留は腫瘍において50%増し、残置甲状腺において90%増す。転移巣においては、通常のやり方の2倍の照射量を与えることができる(98)。血清リチウム濃度は、毎日測定すべきで、0.8〜1.2nmol/Lの間に保つ必要がある。リチウムは、治療後も5〜7日間投与することもあるが、放射性ヨード治療直後には血清リチウム濃度を測定することはできないので、この時期は注意深く観察してリチウム中毒を起こさないように注意する必要がある。
レチノール酸(ビタミンA)
放射性ヨードを取り込まない分化型甲状腺癌患者のほんの一部にとって、レチノール酸(ビタミンA)は利益をもたらす可能性がある。レチノール酸(ビタミンA)は試験管内の実験で、濾胞癌の再分化<注釈:正常甲状腺の機能を一部持つようになること>を引き起こすことが分かっている。どんな治療もできない分化型甲状腺癌患者12人にレチノール酸(ビタミンA)を経口で最低2ヶ月間投与すると(1.18±0.37mg/日)、2人で有意に癌細胞に放射性ヨードの取り込みがみられるようになり、3人ではほんの少しであるが放射性ヨードの取り込みがみられるようになった(99)。放射性ヨードの取り込みは血清サイログロブリン(Tg)の増加を伴っていた。これは、腫瘍細胞の再分化を示している。
放射性ヨード治療の急性副作用
200mCi以上の放射性ヨード(131-I)を投与された場合、2/3が頭痛、吐き気、嘔吐などの軽度の放射線障害がみられる。これらの症状は、放射性ヨード(131-I)服用4時間後から出始め、24時間以内に消失する(65,96)
[放射性ヨード治療時の放射線被爆による軟部組織への障害]
放射性ヨード治療の最も重要な急性副作用は、放射性ヨードにより引き起こされる腫瘍の浮腫と出血である。この急性副作用は投与してすぐ起こり、特に脳、脊髄、気道の転移巣に起こると重大な問題を引き起こす可能性がある(100)。副腎皮質ホルモン剤やマニトールを放射性ヨード治療前に投与するとこの障害を最小限に食い止めることができるかもしれないが(101)、患者は入院させて、注意深く観察するべきである。脊髄転移巣は外科的にできるだけ切除して、放射性ヨード治療を行う方が賢明である。手術可能な部位の脳転移に対しては、外科的切除で治療する方がいいかもしれない(102)。放射性ヨード治療後すぐに遠隔転移している場所に痛みを訴えることがある。これは、放射性ヨード被爆による炎症のためである。放射性ヨード被爆による炎症は、放射性ヨードを取り込む大きな甲状腺組織が声帯や反回神経に近接していたら、声帯麻痺を起こすかもしれない(65,101)。大量の放射性ヨード服用後に2例で一過性の顔面神経麻痺を起こしたと報告されている(103)。これは、顔面神経が耳下腺の近くを通っているために引き起こされたと考えられる。
[放射線被爆による甲状腺炎]
大きな残置甲状腺組織が残っていて、約50,000rad(500Gy)の照射を受けた場合、20%の患者で放射線被爆による甲状腺炎が起こる(43,104)。放射線被爆による甲状腺炎は放射性ヨード治療後一週間以内に起こる。症状は、頸部および耳の痛み、燕下痛、甲状腺の腫れや圧痛、一過性の甲状腺中毒症<注釈:甲状腺ホルモンが高くなること>である。軽度の痛みならサリチル酸<注釈:アスピリンのこと>、非ステロイド系鎮痛剤、アセトアミノフェンなどで治まるが、強い痛みや腫れに対しては副腎皮質ホルモン剤を必要とする。
[放射線被爆による唾液腺炎と舌の症状]
耳下腺や顎下腺に起こる唾液腺炎は、放射性ヨード治療を受けた患者の33%くらいに起こり、急性と慢性がある(105)。症状は放射性ヨード治療後24時間以内に起こり、甲状腺組織にほとんど取り込まない患者に大量の放射性ヨード治療を投与した場合に起こりやすい(105)。放射性ヨード治療時にチューインガムをかんだり、レモンキャンディーをなめたり、水分を摂取することで唾液腺炎や口内乾燥感<注釈:唾液が出ないために口の中がカラカラになる>を予防できるかもしれない。一過性の舌の痛みや味覚障害が起こることもある(105)。食事のときに食物残査が導管に詰まったときに一時的唾液腺が腫れて痛くなることが、数ヶ月間、断続的に起こるかもしれない。栓としての食物残査が圧力で抜けて、溜まった唾液が一気に出るときには塩味がするが、その味は自然に消失する。これらの症状があるにもかかわらず、特別な治療は必要ないし、通常は一年以内に症状は自然に消失する。しかし、一部の人では口内乾燥感がずっと続くこともある。実際には放射性ヨード治療を受けた患者の半数以上で唾液腺分泌異常があり、再発性の結膜炎も報告されているが、それらは臨床上問題になるようなものではない(105)
[放射性ヨード治療の急性骨髄障害]
放射性ヨード治療後に血小板や白血球の軽度減少がみられるが、一過性であり症状が出ることはない(96)。大量の放射性ヨード投与後に、貧血までみられるような重症の骨髄抑制がみられることもあるが、可逆性であり、輸血をすることはない(96)。血液への照射が200radを越えなければ、重大な骨髄抑制が起こることはない(94)
放射性ヨード治療の晩発性障害
放射性ヨード治療の重大な晩発性障害は、性腺、骨髄、肺への障害、別の部位の癌の発生である。
[卵巣への障害]
放射性ヨード治療後一年以内に、閉経前後の女性の約25%で一過性の無月経や性腺刺激ホルモンの増加がみられることがある(106)。計300mCi未満の放射性ヨードを投与された女性が不妊症になるという報告はないが、計800mCiの放射性ヨードを投与された女性の60%が不妊症になるかもしれない(107)。術後に放射性ヨード治療をするしないにかかわらず、甲状腺癌の手術を受けた年には流産の頻度が2倍になる。100mCi以上の放射性ヨードを服用した年にも流産の頻度が2倍になる。この流産の頻度が高くなる原因として、性腺への放射線被曝や治療後に甲状腺機能のコントロールが不十分であったためかは不明だが、100mCi以上の放射性ヨードを服用した女性は100mCi未満の放射性ヨードを服用した女性と比較して、流産の頻度が2倍であるという事実は、性腺への放射線被曝との関連性を疑わせる(108)。長期間の研究では、放射性ヨード治療を受けたときの年令が30歳以下の女性30人では、不妊はみられなかった。放射性ヨード治療後に44回妊娠したが、流産はなかった。
[精巣への障害]
精巣は卵巣以上に放射線に対して弱い。50〜100mCiの放射性ヨードを服用した場合、一過性の精巣機能不全(永久性かどうかは分かっていないが)を引き起こすに十分な照射量が精巣に当たる(110)。若い男性は投与された放射性ヨードの量に比例して、精子の数が減少していく(111)。無症状で、血清FSH値<注釈:性腺刺激ホルモンの一種>が高いだけかもしれないが、数回放射性ヨード治療を受けると、血清テストステロン値<注釈:男性ホルモンのこと>は正常でも(112)、精子の運動能が低下するかもしれない。計300mCiの放射性ヨードを服用した場合、10%未満で永久性不妊症になり、計800mCiの放射性ヨードを服用した場合、90%以上で永久性不妊症になる(107)。これらの理由で、若い男性の場合、計100mCi以上の放射性ヨードを服用するときには、前もって精子を冷凍保存していた方が賢明かもしれない。
[放射性ヨード治療により引き起こされる先天性異常]
放射性ヨード治療を受けた小児や妊娠可能年令の女性に、先天性奇形を産む危険性が高いという証拠は今までに報告されていない。平均196mCiの放射性ヨードを服用した平均年齢14.6歳の小児33人を長期間観察した研究によると、平均19年後に調べたところ、不妊症(12%)、流産(1.4%)、早産(8%)、奇形(1.4%)の頻度は、普通の妊婦の頻度と差はなかった(113)。甲状腺癌で治療を受けた女性の2,113妊娠について研究した結果、死産、早産、低体重児出産、奇形児、生後一年以内の死亡などは放射性ヨード治療前と後では差はみられなかった(108)
[骨髄障害と癌や白血病の発生]
骨髄障害と癌発生は、放射性ヨード治療における晩発性副作用の最も重篤なものである。計1000mCiを越えた場合、膀胱癌と白血病による死亡の頻度がほんの少しだが有意に増加する(109)。首や遠隔転移への放射性ヨード取り込みが少ない例が、膀胱癌になりやすい傾向にある(109)。放射性ヨード治療後5年を過ぎると、投与した放射性ヨードの量に関連して、大腸・直腸癌の頻度が増加する(101)。これは、特に甲状腺機能低下状態の時に大腸内の放射性ヨードが蓄積していることに関与していると思われるので、放射性ヨード治療後数日間は、便通を良くすることの重要性を強調すべきである。場合によっては、ヨードを含まない下剤を使用することもある。クエン酸マグネシウム<注釈:商品名マグコロール>はリチウムを使用している場合には、注意を要する<注釈:薬品情報集で調べたが、特に相互作用を起こすとの記載はなかった>。

計1,000mCiを越えた場合、赤血球、血小板、顆粒球(白血球の一種)の異常がみられるかもしれない。13の研究発表の甲状腺癌計2,753人を分析したところ、14人で白血病がでた(101)。これは1,000人あたり5人(0.5%)で、一般人の頻度より高い。放射性ヨード治療と関連しているのは急性白血病であるが、放射性ヨード治療2〜10年後に起こる。急性白血病の発生は、数ヶ月毎に治療している例より毎年治療をしている例で起こりにくい。また、血液への放射線被曝が200rad以下の症例では起こりにくい(101)

これらの報告にもかかわらず、一生で起こる白血病の危険性は大変低く(0.33%)、放射性ヨード治療の利益を損なうものではない(114)。放射性ヨード治療を受けた年令にもよるが、甲状腺癌の再発で死亡する危険性は白血病で死亡する危険性の4〜40倍高い(114)。もし放射性ヨード治療を年一回受け、総投与量も600〜800mCiくらいなら、長期間の骨髄障害も最小に抑えられ(114)、白血病になる危険性も低くなる。平均195mCi服用した1,771人の患者を10年間経過をみた研究では、白血病になった例は一例もない(115)。一般住民を対象とした研究においても放射性ヨード治療を受けた甲状腺癌患者が白血病になる危険性が高いという結果は得られないので、白血病になる危険性はあっても非常に低いものであると思われる(116)
[肺線維症]
肺線維症は、肺にびまん性に転移している症例が放射性ヨード治療を受けた場合に起こるかもしれない(94,117-119)。診断で行う放射性ヨードシンチで肺への取り込みが強い症例には、治療量の放射性ヨードを少な目(100〜200mCi)に投与することで肺線維症を予防できる。
妊娠中における分化型甲状腺癌の管理
妊娠中の管理は、特に治療の時期に関して心配を伴うかもしれない。妊娠が病気を悪化させたという症例報告はあるが、多数例を検討した結果では、妊娠中に分化型甲状腺癌と診断された症例の予後は、同じ年令の非妊婦の予後と変わりがない(120)。もし手術を行うのなら妊娠中期に行うべきである。手術や放射性ヨード治療は、産後に延期する方が安全である。

初回外科手術と放射性ヨード治療後の評価
甲状腺組織を完全に除去した患者のほとんどにおいて、血清サイログロブリン値と全身シンチで分化型甲状腺癌の存在を見つけることができる。しかし、甲状腺葉切除術を行っている患者では、血清サイログロブリン値と全身シンチでは分化型甲状腺癌の存在を見つけることは難しい。手術もしくは放射性ヨード治療で甲状腺組織を完全に除去した後に、甲状腺ホルモン剤を中止するかrh-TSHを使用して、血清サイログロブリン値検査と全身シンチを定期的に行うべきである。血清サイログロブリン値は甲状腺ホルモン剤を服用中でも測定できるが、血清TSH値を増加させるために甲状腺ホルモン剤を中止するかrh-TSHを使用すると、血清サイログロブリン値はより信頼性の高いものになる(78,121)
治療後の放射性ヨードシンチ
放射性ヨード治療後4〜7日目に甲状腺癌組織への放射性ヨードの取り込みがあるかどうか調べるべきである。放射性ヨード治療前に行った診断的な全身シンチでは見つからないものが検知できるかもしれないからである【表4】(11,57)。血清サイログロブリン値が高値なのに放射性ヨード治療前に行う診断的な全身シンチ、頸部超音波、CT、MRI、PETスキャンなど通常の画像診断で病変部が見つからないときには、放射性ヨード治療後に行う全身シンチは重要な検査となる。
rh-TSH
フォローアップ中、Tg(サイログロブリン)分泌を刺激するために血清TSHを増加させたり、放射性ヨード全身シンチ(131-I)を定期的に行うことは癌の再発や残置甲状腺を検出するのに最適な手段である。検査のために、甲状腺ホルモン剤を中止すると甲状腺機能低下症の症状に悩まされることがある。rh-TSHを筋肉注射すると、Tg分泌を刺激し、放射性ヨードの取り込みを増加させる。そのため、患者は甲状腺ホルモン剤を中止する必要がなく、甲状腺機能低下症で苦しむこともない(122)

rh-TSHは2つの多施設臨床研究により実用性が認められて、診断目的で使用できるようになっている。最初の研究では、患者は甲状腺ホルモン剤を服用しながら、rh-TSH0.9mgを2回注射した後に行った放射性ヨード全身シンチ(131-I)は、甲状腺ホルモン剤を中止してから行う場合と比べて66%の患者では同じ結果を、5%の患者では優れた結果を、29%の患者では劣った結果を示した(122)。この研究では、rh-TSHは放射性ヨードの取り込みを増加させるが、従来の甲状腺ホルモン剤を中止してから行う方法と比べると感度が悪いことが分かった(122)。2番目に行われた研究では、従来の甲状腺ホルモン剤を中止してから行う方法と比較して、放射性ヨード全身シンチ(131-I)と血清Tg値に対するrh-TSH2回注射の有効性について検討した。シンチの取り方も統一して行い、rh-TSH注射する方法と比べると従来の甲状腺ホルモン剤を中止してから行う方法では、甲状腺機能低下症になるために放射性ヨードの腎からの排泄が低下していることを考慮に入れて検討した(78)。従来の甲状腺ホルモン剤を中止してから行う方法と比較して、rh-TSH注射する方法での放射性ヨード全身シンチ(131-I)の結果は、89%は同じであり、4%はrh-TSH注射する方法が優り、8%は従来の甲状腺ホルモン剤を中止してから行う方法が優っていた。しかし、2つの方法の間には統計学的な差はみられなかった。この研究で分かった重要なことは、rh-TSH注射する方法は従来の甲状腺ホルモン剤を中止してから行う方法と同等の結果であり、放射性ヨード全身シンチ(131-I)と血清Tg値を組み合わせることで、分化型甲状腺癌の遠隔転移を100%見つけることが可能であることである(78)

スタンダードな方法は、rh-TSH0.9mgを2日連続して注射し、3日目に少なくとも4mCiの放射性ヨード(131-I)を投与する。放射性ヨード全身シンチ(131-I)と血清Tg値は5日目に調べる。30分間スキャンした後か、140,000カウント後に放射性ヨード全身シンチの像を撮影する。従来の甲状腺ホルモン剤を中止してから行う方法では甲状腺機能低下症になるために放射性ヨードの腎からの排泄が低下しているときに投与する2mCiとほぼ同じ結果を出すために、この操作は必要である(91)。rh-TSHを最後に注射してから72時間後に血清Tg値が2ng/ml以上なら、残置甲状腺組織か甲状腺癌組織が存在することを意味している。これらの組織はrh-TSH注射後の放射性ヨード全身シンチ(131-I)で検出できる(78)。rh-TSHには副作用がほとんどみられなかった。一過性の頭痛(7.3%)や吐き気(10.5%)が主な副作用であり(78)、甲状腺機能低下症の際にみられるうつ状態や他の症状はみられなかった(122)
Tg(サイログロブリン)測定
Tg(サイログロブリン)という蛋白は甲状腺組織以外には存在しないので他の疾患では血清Tg値が高くなることがないために、血清Tg測定は甲状腺組織や甲状腺癌を検出する最も優れた検査法である。再発のない患者では、血清Tg値は感度以下という低値を示す(11,123)<注釈:これは甲状腺を全摘しているか、アイソトープ治療で甲状腺を除去している患者に限る>。抗Tg抗体の健常人の陽性頻度は10%であるが、甲状腺癌患者では25%以上に陽性者がいるので、Tg(サイログロブリン)を測定する場合には、同じ血清で抗Tg抗体も一緒に測定しなければならない。もし抗Tg抗体が陽性なら、血清Tg測定値は信頼性に欠ける(56)。抗Tg抗体が陽性の場合、IMA(immunometric assay)法によるTg測定値は低めに出る傾向にあるので、偽陰性になる危険性がある(56)<注釈:偽陰性とは癌の再発があるのにないように診断すること>。反対に、抗Tg抗体が陽性にもかかわらず、IMA法による血清Tg値が高値を示すときには癌細胞が存在するかもしれない(56)。治療後の血清Tg値は、癌が治ったかどうかの直接的な指標になる(122)<注釈:これは甲状腺を全摘しているか、アイソトープ治療で甲状腺を除去している患者に限る>。

ある研究(124)では、術後の最初に測定する血清Tg値は、予後を決める良い指標であると報告している。術後、最初に測定した血清Tg値が70ng/ml以上なら、90%の確率で遠隔転移があることを示している。しかし、血清Tg値は術後一年間は測定可能範囲にあることもある。一年を過ぎると、通常、血清Tg値は測定感度以下に低下する(11)。その後は、甲状腺ホルモン剤を中止したり、rh-TSHで刺激して血清TSH値を増加させたときに血清Tg値を測定すべきである。この際の血清Tg値は、同じ条件で行う放射性ヨード全身シンチ(WBS)の偽陰性率より低くなり、信頼性が高い(11,78,121)。TgのメッセンジャーRNAを測定する方法は、特に甲状腺ホルモン剤を服用中や抗Tg抗体が陽性の場合、IMA法による血清Tg値より感度が良いが、まだ実地臨床で使われる段階ではない(125)

血清Tg値と放射性ヨード全身シンチ(WBS)は、互いに補足し合う検査であると考えられている(126)。放射性ヨード治療で甲状腺を除去した後に行うシンチで陰性(127)で血清Tg値がrh-TSH刺激後に2ng/ml以下(78)もしくは甲状腺ホルモン剤中止後に5ng/ml以下(123)なら、ほとんどの場合、患者は癌を持っていない。しかし、血清Tg値測定は、新しい国際的標準(CRM 457(128))を使用したとしても、各検査センターで測定法が異なる。にもかかわらず、血清TSHが高い状態で血清Tg値測定が感度以下の場合は、癌の再発はないと考えて良い(11)。放射性ヨード治療で甲状腺を除去した一年後に行う放射性ヨード全身シンチ(WBS)の代わりに、甲状腺ホルモン剤中止後またはrh-TSH刺激後の血清Tg値測定は、甲状腺癌の再発がある患者を見つけだす指標になるかもしれない(11)。血清Tg値がある一定値(通常、10ng/ml)を越えていたら、100mCi以上を投与する場合と比べると、2〜5mCiを使用する放射性ヨード全身シンチ(WBS)は診断的価値がない(11,57)
血清Tg値陽性、診断的放射性ヨード全身シンチ(WBS)陰性の患者
肺転移はときどき大量の放射性ヨード投与後の放射性ヨード全身シンチ(WBS)でのみ見つかる場合がある(57)
[頻 度]
ある研究(83)では、100mCiで治療された後、血清Tg値が高値である283人のうち約6%が放射性ヨード治療後の放射性ヨード全身シンチ(WBS)で、遠隔転移が見つかった。これらの患者では、通常の2mCi投与のシンチでは遠隔転移は見つからなかった。別の研究では、血清Tg値陽性で5mCi投与の診断的放射性ヨード全身シンチ(WBS)陰性の患者17人のうち1人を除いて、75〜140mCi投与した後に転移に放射性ヨードが取り込んだ(129)。半数は肺転移であった。我々の患者79人で、89回の診断的放射性ヨード全身シンチ(WBS)と放射性ヨード治療後の放射性ヨード全身シンチ(WBS)を取った。4〜5mCi投与の診断的放射性ヨード全身シンチ(WBS)で陰性であった10人のうち8人で、放射性ヨード治療後の放射性ヨード全身シンチ(WBS)ではじめて遠隔転移がみつかった。この8人は、すべて血清TSH値が30mU/L以上の場合、血清Tg値は15ng/ml以上であった。
[治療成績]
放射性ヨード(131-I)を計350〜700mCi服用してから2〜4年後に、10人のうち3人が放射性ヨード治療後の放射性ヨード全身シンチ(WBS)で取り込みがなくなり、甲状腺ホルモン剤を中止して血清Tg値が5ng/ml以下になった。Schlumberger(4)は、早期の肺転移を見つけだすことが予後を左右する重要な因子であることを示した。10年生存率でみると、血清Tg値が増加していて放射性ヨード治療後の放射性ヨード全身シンチ(WBS)で肺転移が見つかる例は100%、胸部レントゲン写真は正常で診断的放射性ヨード全身シンチ(WBS)で肺転移が見つかる例は91%、胸部レントゲン写真で小さな肺転移がみられるときには63%、胸部レントゲン写真で大きな肺転移がみられるときには11%である。放射性ヨード治療後の放射性ヨード全身シンチ(WBS)でのみ肺転移が見つかる例では、治療によって転移巣の縮小がみられるが、完全に消失させることは困難である(130)。抗Tg抗体陽性の場合には実際より低めにでるが、放射性ヨード全身シンチ(WBS)で陰性例に治療するかどうか決める血清Tg値は、10年前なら30〜40ng/mlだったが、あくまでも経験的なものであるが、今では10ng/mlである。

甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法
遠隔転移も含めた再発率は、甲状腺ホルモン剤治療によって有意に減少するが(3,54)、これを達成する適正な血清TSH値はまだ決まっていない。フランスから発表された後ろ向き研究(132)では、血清TSH値が常に1mU/L以上の例に比べて、血清TSH値が常に0.05mU/L以下に抑制されている例では有意に再発率が減少した。さらに、血清TSH値の抑制度は、独立した再発予測因子である。しかし、アメリカの国家甲状腺癌治療共同研究グループに登録されている617人の前向き研究から病気のステージ、患者の年令、放射性ヨード治療が病気の進行を予測する独立した因子であることが分かったが、甲状腺ホルモン剤による血清TSH値の抑制度は病気の進行を予測する独立した因子ではなかった(133)。甲状腺ホルモン剤によって血清TSH値を十分に抑制しても、血清Tg値を下げることができないことが多い(134)。これらのデータは、分化型甲状腺癌の進展を予防するには、甲状腺中毒症のレベルくらいまで血清TSH値を十分に抑制することが必要であるという考え方を支持しないものである。実地臨床では、癌が再発しているなど血清TSH値を十分に抑制する必要のある場合を除いて、甲状腺ホルモン剤の投与量は、血清TSH値が正常下限を少し下回る程度にするように調節することが最適なやり方である(44)

外照射
特に40歳以上の患者で甲状腺癌が周囲組織に浸潤しているとき(T4)や頸部リンパ節転移がみられるとき(N1)には、外照射をすることで再発を減らすことができるかもしれない。術後に顕微鏡的な乳頭癌が残った患者は、外照射をすることで再発をしない率が上がるが(90%)、術後に外照射を行わない場合には再発をしない率が低下する(26%(19))。このことは、顕微鏡的な濾胞癌のある患者にも当てはまる。術後に外照射をすると再発をしない率は53%であるが、術後に外照射を行わない場合には再発をしない率は38%に低下する(19)

結 論
分化型甲状腺癌の約80%は、初回治療で治る(4,11)。我々のクリニックで診ている連続した213人の分化型甲状腺癌患者のうち75%は、一年以内の時点では再発もない。再発がないことは、触診で異常所見なし、画像診断で陰性、甲状腺ホルモン剤中止時の血清Tg値が5ng/ml以下もしくはrh-TSH刺激時の血清Tg値が2ng/ml以下であることで証明している。12%は追加治療を行った後、再発はみられない。手術や放射性ヨード治療を含んだ初回治療時に遠隔転移のみられない1,510人の分化型甲状腺癌患者を分析すると、40歳以上、腫瘍直径1cm以上、癌細胞の局所浸潤や頸部リンパ節転移、濾胞癌、12ヶ月以上の治療の遅れなどの場合、分化型甲状腺癌の死亡率は増加する【表2】。女性であること、甲状腺葉切除術より広範囲に切除した場合、放射性ヨード治療を行ったことなどが、分化型甲状腺癌の死亡率を低下させる要因になる。残置甲状腺組織除去や取り残した癌細胞を破壊するために行う放射性ヨード治療は、再発、遠隔転移、死亡率を低下させる独立した因子である【表2】。これらのデータや他の研究者による同様の研究は、初回治療の重要性を支持するものである。初回治療がうまくいけば、分化型甲状腺癌患者のほとんどでは長期にわたって予後が良い。特に、早期に分化型甲状腺癌を診断された症例にこのことが当てはまる。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 分化型甲状腺癌に関するページは以下を参考にしてください。
甲状腺癌<第1部>:基礎パート1
甲状腺癌<第2部>:基礎パート2
甲状腺癌<第3部>:郵便カバンからのFAQ
甲状腺癌
甲状腺癌:概説
甲状腺癌の管理のためのAACE臨床ガイドライン
甲状腺乳頭癌および濾胞癌
甲状腺癌患者における放射性ヨードスキャンのための甲状腺ホルモン剤中止と遺伝子組み換えヒトTSH(甲状腺刺激ホルモン)投与との比較
甲状腺癌患者のフォローアップ[論説]
甲状腺結節および分化型甲状腺癌患者の治療ガイドライン
甲状腺癌
甲状腺のしこりと腫瘍
甲状腺癌と言われたら
甲状腺癌:治るけれども苦しみも多い
さようなら甲状腺腫瘍
甲状腺癌再発への挑戦!!
甲状腺癌手術レポ!!
アイソトープ「監獄編」
アイソトープ「トレーサースタディ編」
甲状腺癌再発への挑戦!!Part-II
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参考文献]・[もどる