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[065]
[065]
最新の概念:甲状腺炎
Elizabeth N.Pearce, Alan P.Farwell, Lewis E.Braverman
N Engl J Med 2003; 348: 2646-55.

甲状腺炎という言葉は、比較的多くの甲状腺疾患を含んでおり、いろんな概念によって分類されている【表1】。この論文では、様々なタイプの甲状腺炎の診断と治療について述べたい。

自己免疫による甲状腺組織破壊のメカニズム
甲状腺における自己免疫
橋本甲状腺炎(橋本病)、無痛性甲状腺炎、産後無痛性甲状腺炎(産後甲状腺炎)はすべて自己免疫が原因で起こる【表2】。橋本病においては、甲状腺に対する自己免疫反応は、甲状腺の抗原に対して特異的なヘルパーT細胞の活性化から始まる。ある理論によれば、ヘルパーT細胞の活性化は甲状腺のタンパクと似ているウィルスの感染が原因であると推測している(2)。しかし、ウィルスが原因であるという明白な証拠はみつかっていない。別の理論によれば、甲状腺上皮細胞自体が甲状腺上皮細胞の細胞内タンパクをT細胞に提示すると推測している。女性では、妊娠中に母体の甲状腺内に胎児の細胞が蓄積することで自己免疫性甲状腺炎(産後甲状腺炎)が引き起こされている可能性が示唆されている(3,4)

一旦、ヘルパーT細胞が活性化されたら、ヘルパーT細胞はB細胞からの抗甲状腺自己抗体の分泌を促進する。抗甲状腺自己抗体は、一般アメリカ人で10%が陽性であり(5)、60才以上の女性で約25%が陽性である(6)。抗甲状腺自己抗体の頻度は、国や民族によって違う。12才以上を対象とした第3回国民健康栄養調査によれば、抗甲状腺自己抗体陽性は白人の14.3%、ヒスパニックの10.9%、黒人の5.3%にみられた(7)。抗甲状腺自己抗体が陽性であった人の多くは、甲状腺機能は正常であった。英国の研究では、閉経後女性で抗甲状腺自己抗体陽性の10%は潜在性甲状腺機能低下症であり、0.5%は顕性甲状腺機能低下症があると報告されている。同じ研究で、抗甲状腺自己抗体陽性のみで甲状腺機能が正常でも、年に2〜4%が顕性甲状腺機能低下症になっていくと報告されている(5,8)。スイスのグループが前向き試験で、10年間経過を追った結果、抗TPO抗体陽性は潜在性甲状腺機能低下症から顕性甲状腺機能低下症への進展を予測することができることがわかった(9)

最もしばしば測定される甲状腺自己抗体は、甲状腺のペルオキシダーゼ(TPO)に対する抗体(抗TPO抗体)とサイログロブリン(Tg)に対する抗体(抗Tg抗体)である。抗TPO抗体は甲状腺機能低下症と直接関連があり、この抗体の存在は甲状腺組織の破壊とリンパ球浸潤と関連がある。甲状腺のペルオキシダーゼ抗体は補体と結合し、甲状腺細胞に直接障害を及ぼす(10)。しかし、この甲状腺細胞への直接障害作用が自己免疫甲状腺炎の主要なメカニズムであるという証拠は乏しい。TSHレセプターを阻害する抗体は、橋本病で約10パーセントの患者で報告されている(11)。一部の橋本病患者において、TSHレセプターを阻害する抗体が甲状腺機能低下症の原因と考えられているが、甲状腺組織の破壊を常に伴っているわけではない。サイログロブリン抗体(抗Tg抗体)は抗TPO抗体に比べると陽性頻度は低い<注釈:日常臨床で経験することだが、橋本病においては抗Tg抗体の陽性率の方が高い。海外の報告では、橋本病の診断には抗TPO抗体が有用と報告しているものが多いが、人種差であろうか>、さらに抗Tg抗体の役割は不明である。コロイド抗原に対する自己抗体、甲状腺ホルモンに対する自己抗体、ヨードトランスポーター<ヨードの取り込みに必要な蛋白>に対する自己抗体が自己免疫性甲状腺炎患者に認められる。

自己免疫により甲状腺組織が破壊されるメカニズムは、細胞性免疫と液性免疫の両方が関与していると考えられている。甲状腺組織に浸潤しているBリンパ球と細胞障害性Tリンパ球が同程度であることは、自己免疫性甲状腺炎の組織学的特徴である。橋本病患者の甲状腺細胞はFas遺伝子(腫瘍壊死因子(TNF)遺伝子と関連のある遺伝子である)を発現しているが、正常の甲状腺細胞は、そのような遺伝子は発現しない。甲状腺細胞の表面におけるFas遺伝子とFasリガンドの相互作用に起因するアポトーシス<注釈:細胞自滅のこと。従来、細胞死イコール壊死と定義されていたが、壊死以外の細胞死を細胞自滅(アポトーシス)と呼ぶ>は、甲状腺細胞破壊の原因であるかもしれない(12)
遺伝的素因
自己免疫性甲状腺疾患の遺伝は複雑である(13)。しかし、HLA-DR3、HLA-DR4、HLA-DR5と橋本病、産後甲状腺炎の関連は、白人で報告されているが(14,15)、他の人種では、別のHLAサブタイプとの関連が報告されている。はっきりした関連性を証明はできないが、細胞障害性Tリンパ球関連蛋白4(CTLA-4)遺伝子領域は家族性橋本病との関連性が示唆されている。産後甲状腺炎とCTLA-4遺伝子との関連性についても研究されたが、関連性はみられなかった(17)。HLA-Bw35ハプロタイプをもつ人は、亜急性甲状腺炎にかかる頻度が高い(18)
環境要因
橋本病患者において、非喫煙者に比べて喫煙者が甲状腺機能低下症になりやすい(19)、これはタバコの中にするチオシアン酸塩<注釈:チオシアン酸塩はメルカゾールやチウラジールに似た構造式を持っており、甲状腺ホルモン産生を抑制するはたらきがある>が関係している可能性がある。産後甲状腺炎患者でも、喫煙者の方が罹りやすいことが報告された(20)。さらに、橋本病、産後甲状腺炎、無痛性甲状腺炎の地理的な発病率に差がみられる。ヨード欠乏地域では自己免疫性甲状腺炎の発病率が低いので、ヨード過剰摂取が自己免疫性甲状腺炎の発病と関連している可能性があることを示唆する(21,22)

甲状腺炎の臨床的および生化学的変化
甲状腺炎のさまざまな形式は、甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症または両方【図1】とも生じる可能性がある。
甲状腺機能亢進症
無痛性甲状腺炎、産後甲状腺炎、亜急性甲状腺炎では、甲状腺の炎症による甲状腺組織破壊により甲状腺ホルモンが血中に放出され、一時的な甲状腺機能亢進症を引き起こすことがある。甲状腺ホルモンの貯蔵量が減少するにつれて、しばしば甲状腺機能正常期から甲状腺機能低下症期に陥る。甲状腺機能亢進症が発症する前の破壊性甲状腺炎における最初の変化は、血中サイログロブリン(Tg)値の増加である(23)。他の甲状腺機能亢進症と同様に血中TSH値は抑制され、総およびフリーのT3値とT4値は増加する。T4値はT3値に比べると高い。これは、甲状腺内に貯蔵された甲状腺ホルモンの比率を反映している(一方、バセドウ病や中毒性甲状腺結節では、血中T3の比率が高くなる)<注釈:バセドウ病と破壊性甲状腺炎の鑑別に血中T3/T4比が有用であるという根拠はここである>。甲状腺炎による甲状腺亢進症の症状は通常、軽度である。
甲状腺機能低下症
甲状腺炎による甲状腺機能低下症期は、甲状腺内に貯蔵された甲状腺ホルモンが徐々に減少するために生じる。橋本病は永続的な甲状腺機能低下症へ進展することがあるが、他の甲状腺炎も永続的な甲状腺機能低下症へ進展する可能性がある。永続的な甲状腺機能低下症への進展は、甲状腺自己抗体の高い抗体価をもつ患者や甲状腺機能低下症期の程度が著しい患者で起こりやすい。甲状腺機能が低下するにつれて、血清TSH値は増加する。血清TSH高値と正常フリーT4値と正常フリーT3値の状態を、潜在性甲状腺機能低下症または軽度甲状腺機能低下症と呼ぶ(24)。甲状腺機能が低下するにつれて、フリーT4値が低下してくる。血清TSH高値とフリーT4低値は顕性甲状腺機能低下症と呼ばれる。甲状腺機能低下症がかなり進むまで増加した血清TSHが甲状腺からT3を分泌させるので、血中総T3値とフリーT3値はなかなか低下しない。大部分の患者で、一旦血中T3値が正常レベル以下に落ちたら、甲状腺機能低下症の典型的な症状と徴候が出現する。

甲状腺炎のタイプ
橋本病
甲状腺自己抗体高値と甲状腺腫を特徴とする橋本病は、甲状腺炎の中で最も頻度が高いタイプである。ヨード摂取が十分である米国や他の国では(平均尿中ヨード濃度が100μg/L以上)、橋本病は甲状腺機能低下症と甲状腺腫の一番多い原因である。橋本病の患者で稀に、甲状腺刺激型抗体が甲状腺阻害型抗体に変化して、甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症が交互に起こることがある(25)

固くて、表面が凹凸、左右対称な痛みのない甲状腺腫は、しばしば橋本病を診断するきっかけになる。自己免疫による持続性甲状腺機能低下症患者の約10%は、甲状腺萎縮(橋本病で甲状腺機能低下症の最後の段階)によるものである(26)。甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)高値は橋本病患者の90%でみられ、サイログロブリン抗体(抗Tg抗体)高値は橋本病患者の20%〜50%でみられる(27)<注釈:日本では、抗Tg抗体で陽性率が高い。人種差があるのかもしれない>。超音波では、甲状腺が低エコーにみえる。24時間の放射性ヨード(ヨード-123)摂取率は、診断には有効でない<注釈:橋本病の場合、摂取率は低値から高値までみられるためである>。

顕性甲状腺機能低下症があれば、レボサイロキシン<注釈:日本ではチラーヂンS>で治療すべきである。潜在性甲状腺機能低下症は顕性甲状腺機能低下症に進展する可能性が高いこと(9)や潜在性甲状腺機能低下症では高脂血症と虚血性心臓病になりやすいという(28,29)理由から、我々は潜在性甲状腺機能低下症と甲状腺自己抗体高値を持つ患者に対してレボサイロキシンで治療する。レボサイロキシンによる補充療法の最終目的は、血中TSH値の正常化である。

橋本病患者で大きな甲状腺腫を持つ場合、甲状腺腫の重量を減少させるためにTSHを抑制する量のレボサイロキシンを短期(例えば6ヶ月間)投与することがある<注釈:これをTSH抑制療法といいます。実際に治療した例を示します>。甲状腺機能が正常か低下症であるかどうかに関係なく、大部分の橋本病患者において、レボサイロキシンによる6ヶ月間の治療後、甲状腺腫の重量が30%減少する(30)。甲状腺腫の重量が減少しない場合、甲状腺ホルモン補充療法は再開すべきである。レボサイロキシンで治療しても甲状腺自己抗体価は減少しないので(31,32)、一部の甲状腺機能低下症患者を除いて(33)、橋本病の診断がなされたら甲状腺自己抗体は調べる必要はない。

甲状腺悪性リンパ腫は非常に稀な疾患であるが、橋本病患者ではこの疾患に罹る頻度が、通常の頻度の67倍になる(34)。橋本病で甲状腺結節を持つ患者では、悪性リンパ腫と甲状腺癌を除外するために穿刺吸引細胞診を行うべきである。橋本病や他のリンパ球浸潤を来す甲状腺炎を持つ患者で甲状腺癌(特に乳頭癌)が起こったとき、その甲状腺癌の予後は良い(35)<注釈:以前、トピック[021]でこのことについて紹介した>。
産後甲状腺炎
産後数ヶ月以内に甲状腺内のリンパ球性炎症が起きることがあり、産後甲状腺炎と呼ばれる。報告されている頻度は様々だが、アメリカでは出産後10%で起こる(36,37)。妊娠初期または分娩の直後に甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)高値を示す女性、他の自己免疫疾患を持つ女性、1型糖尿病を持つ女性で、産後甲状腺炎を起こす頻度が高い。

典型的な甲状腺ホルモンの変動パターン<注釈:甲状腺機能亢進症期〜甲状腺機能低下症期〜甲状腺機能正常期の経過をたどる>がみられるのは、産後甲状腺炎患者の3分の1のみである【図1】。甲状腺機能亢進症期は通常、出産後1〜6ヶ月に起こり、1〜2ヶ月間続く。甲状腺機能低下症期は出産後4〜8ヶ月に起こり、4〜6ヶ月間続く。80%の女性は、1年以内に正常甲状腺機能に回復する。しかし、産後甲状腺炎の女性を追跡調査した研究において、対象とした女性の50%が7年以内に永続的な甲状腺機能低下症に陥ったと報告されている(38)。多産女性や自然流産の既往のある女性で永続的な甲状腺機能低下症に陥りやすい(39)。産後甲状腺炎を起こした場合、その次の産後に70%の女性で産後甲状腺炎を起こす(40)

産後甲状腺炎の大部分の症例において、小さくて無痛性の硬いびまん性甲状腺腫がみられる。抗TPO抗体陽性、抗Tg抗体陽性または両方の抗体が陽性である(41)。赤血球沈降速度(ESR)は正常である。産後甲状腺炎と産後発症のバセドウ病を鑑別するために、123I摂取率試験(24時間値)を行うことがある。産後甲状腺炎では123I摂取率が低い(5%未満)のに対し、バセドウ病では123I摂取率が高い。バセドウ病でみられる大きな甲状腺腫または甲状腺眼症が存在しない甲状腺機能亢進症患者では、123I摂取率試験を行うべきである。放射性ヨードは乳汁中に出ることや123Iの半減期は13時間であることを考慮して、123I摂取率試験の後、搾乳して少なくとも2日間は母乳を与えてはいけない。

軽度の甲状腺機能亢進症は治療を必要としないこともある。しかし、症状がある場合、ベータ遮断薬を投与することもある。甲状腺で甲状腺ホルモンを過剰産生しているわけではないので、抗甲状腺薬は禁忌となる。甲状腺機能低下症期に治療が必要になることは稀である。しかし、甲状腺機能低下症期が長く続くときや症状がある場合、レボサイロキシンによる治療が必要になることもある。甲状腺機能が正常に回復したかどうか評価するために6〜9ヶ月後に甲状腺ホルモン剤を中止してみる。
無痛性甲状腺炎
産後甲状腺炎と無痛性甲状腺炎の違いは、妊娠と関連があるかないかだけである(42)。無痛性甲状腺炎の発症は散発性なので、この疾患に関する研究は難しい。無痛性甲状腺炎は、橋本病の亜型かもしれない。無痛性甲状腺炎(43)は、全ての甲状腺機能亢進症のうち約1%を占める<注釈:もう少し頻度は高いように思う。わたしの経験では、甲状腺機能亢進症の5〜10%程度と思う>。臨床経過は、産後甲状腺炎のそれと同じである。ほとんどの患者で甲状腺機能は正常に回復するが、20%の患者は永続性甲状腺機能低下症に陥る(44)。通常、症状は軽度である。小さくて無痛性の硬いびまん性甲状腺腫は、無痛性甲状腺炎患者の50%でみられる(45)。無痛性甲状腺炎と診断された時点で、50%の患者は抗TPO抗体が陽性であるが、橋本病に比べると抗TPO抗体価は低い(45)123I摂取率が低い(5%未満; 24時間値)ことで診断は可能である。甲状腺機能亢進症の原因がはっきりしない場合には、抗甲状腺薬での不適当な治療を避けるために、123I摂取率試験を行うべきである。治療は、産後甲状腺炎と同じである。実際の再発率は、不明である。
亜急性甲状腺炎
亜急性甲状腺炎は、自然経過で炎症が消失する炎症性疾患であり、甲状腺が痛くなる疾患で最も頻度が高い。亜急性甲状腺炎は、医療機関を訪れる甲状腺疾患の5%を占める(46)。亜急性甲状腺炎はしばしば上気道感染症に続いて起こり、エンテロウイルスのピークの発生率と相関して、その発病率は夏に最も高い(47)。亜急性甲状腺炎の原因としてウィルスが疑われたこともあったが(48)、ウィルスが原因であるというはっきりした証拠は見つかっていない。

亜急性甲状腺炎は、全身の筋肉痛、咽頭炎、微熱と疲労を前兆として始まる。患者は、発熱とひどい首の痛みと首の腫れを自覚する。亜急性甲状腺炎患者の50%は、甲状腺機能亢進症の症状を呈する。ほとんどの場合、甲状腺機能亢進症が数週間続き、その後4〜6ヶ月間甲状腺機能低下症になり、最終的には甲状腺機能は正常に戻る。この臨床経過は、無痛性甲状腺炎と産後甲状腺炎の場合と同じである。95%の患者は、6〜12ヶ月後に甲状腺機能は正常化するが、5%の患者では永続性甲状腺機能低下症になる(1,49)。亜急性甲状腺炎は2%の患者で再発する(50)

亜急性甲状腺炎の特徴は、著明に速くなる赤血球沈降速度(ESR)である。炎症反応の指標であるCRPは、同じように増加する(51)。白血球数は正常であるか、僅かに増加する。血中甲状腺ホルモン値は増加する。甲状腺内に貯蔵された甲状腺ホルモンの比率を反映するために、T3/T4比は20未満である(52)。甲状腺刺激ホルモン(TSH)の血中濃度は抑制されているか感度以下である。甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)は通常、陰性である。亜急性甲状腺炎の甲状腺機能亢進症期では、123I摂取率24時間値は低い値を示し(5%未満)、亜急性甲状腺炎とバセドウ病を鑑別できる。カラー・ドップラー超音波検査は、亜急性甲状腺炎とバセドウ病を鑑別する補助手段になるかもしれない;バセドウ病患者では、甲状腺内の血流は増加しているのに対し、亜急性甲状腺炎患者では、甲状腺は低エコーで、甲状腺内の血流は正常か低下している(53)

亜急性甲状腺炎の治療は、痛みを軽減するだけの対症療法である。甲状腺の痛みが軽度の場合には、非ステロイド系薬物またはサリチル酸塩(アスピリン)で十分である。よりひどい甲状腺の痛みに対しては、高用量の副腎皮質ホルモン剤(例えばプレドニゾン40mg/日)は、痛みを即座に抑える。副腎皮質ホルモン剤は4〜6週かけて減量、中止する。123I摂取率が正常化したら、副腎皮質ホルモン剤は中止しなければならない。ベータ遮断剤は、甲状腺機能亢進症の症状を抑える。甲状腺機能低下症期は軽度で一時的であるため、レボサイロキシンによる治療は通常、必要でないが、症状が強い場合にはレボサイロキシンの投与を必要とする。
化膿性甲状腺炎(急性甲状腺炎)
化膿性甲状腺炎は通常、細菌感染が原因であるが、真菌、マイコバクテリウム(非定型抗酸菌)、寄生虫などの感染が原因になることもある。甲状腺は被膜に被われており、ヨード濃度が高く、血流に富んでおり、リンパの流れが良いため、感染に対して強い。以上の理由で、化膿性甲状腺炎は稀な疾患である(54)。化膿性甲状腺炎は、既に甲状腺疾患を持っている人(甲状腺癌、橋本病または多結節性甲状腺腫)、下咽頭梨状窩瘻(小児の最も頻度の高い感染原因)のような先天異常を持つ人、免疫力が抑制されている人、老人、衰弱している人などで起こりやすい。化膿性甲状腺炎は、後天性免疫不全症候群(エイズ)患者に起こりやすい。エイズ患者では、ニューモシスティス・カリニや他の日和見感染が化膿性甲状腺炎の原因になる。

通常、細菌による化膿性甲状腺炎患者は発熱、嚥下困難、発声困難、前頸部の痛み、皮膚の発赤、痛みを伴った甲状腺腫瘤などの症状が急に出現する病気である。急性上気道炎後に、症状が出ることもある。エイズ患者の場合、真菌、寄生虫、マイコバクテリウムなどの感染、日和見感染による化膿性甲状腺炎は、慢性的で潜行性になる傾向がある。

一般的に化膿性甲状腺炎患者では甲状腺機能は正常である。しかし、甲状腺機能亢進症症と甲状腺機能低下症のどちらも報告されている(54)。白血球数と赤血球沈降速度(ESR)は増加する。化膿性甲状腺炎を起こしている領域は、放射性ヨードシンチグラムでコールド<注釈:放射性ヨードが取り込まないこと>として描出される。穿刺吸引細胞診で得られた材料からグラム染色と細菌培養を行うことは、診断手段の一つである。化膿性甲状腺炎の治療は、適切な抗生物質投与と切開排膿である。診断と治療が遅れると、疾患は致命的になることがある。
薬物性甲状腺炎
多くの薬物は、甲状腺機能や甲状腺機能検査に影響を与えることがある。しかしながら、自己免疫あるいは破壊性甲状腺炎を引き起こすことが知られている薬物は数少ない。
[アミオダロン]
甲状腺と甲状腺ホルモンの末梢代謝に及ぼすアミオダロン<注釈:商品名アンカロン─不整脈のクスリ>のさまざまな作用が、最近の総説で述べられている(57)【表3】。ヨード摂取が十分な地域では、アミオダロンによる甲状腺機能低下症(アミオダロンに含まれる過剰なヨードが原因である)は、アミオダロンを服用している患者の20%に起こる。アミオダロンを服用すると、自己免疫性甲状腺疾患をもつ患者が甲状腺機能低下症になりやすい。アミオダロンによる甲状腺機能低下症患者では、レボサイロキシンによる治療が必要である。レボサイロキシンによる治療をしながら、アミオダロンは続けることもある。アミオダロンが末梢組織での5'-デヨードナーゼ活性<注釈:5'-デヨードナーゼは末梢でT4をT3に変換する酵素>を減少させT3の産生を減少させるので、血中甲状腺刺激ホルモン(TSH)を正常化するために必要なレボサイロキシンの量は、常用量よりしばしば多くなる。

アミオダロンによる甲状腺機能亢進症は、アミオダロンを服用している患者の23%で起こり、ヨード欠乏地域で頻度が高い(58)。アミオダロンによる甲状腺機能亢進症1型は、甲状腺ホルモンの過剰な合成と放出を特徴としている;ヨードによって引き起こされる甲状腺機能亢進症で、特に甲状腺疾患(特に多結節性甲状腺腫─日本では腺腫様甲状腺腫と呼ばれる)を持っている患者に起こりやすい。アミオダロンによる甲状腺機能亢進症2型は、貯蔵された甲状腺ホルモンが破壊された甲状腺から放出される破壊性甲状腺炎を示すのが特徴である。特に、一部の患者で両方の型を持っている場合、アミオダロンによる甲状腺機能亢進症がどちらの型であるのかを鑑別するのは難しい。米国の患者では、123I摂取率は1型と2型で典型的には低値を示す。カラー・ドップラー超音波検査は、1型では甲状腺内の血流増加を示し、2型では甲状腺内の血流が減少している(59)。アミオダロンによる甲状腺機能亢進症2 型ではアミオダロンによる甲状腺機能亢進症1型に比べて、血清インターロイキン6濃度が高いと報告されたが(60)、その後の追試でこの結果は確認できなかった。

アミオダロンによる甲状腺機能亢進症1型は、高用量の抗甲状腺薬(メルカゾールまたはPTU<注釈:チウラジールまたはプロパジール>)で治療される。ときに、甲状腺へのヨードの取り込みを防ぐためにカリウム過塩素酸塩(パークロレイト)を併用することもある。アミオダロンによる甲状腺機能亢進症1型の治療としてリチウムが試みられたこともある(61)。アミオダロンによる甲状腺機能亢進症2型は、高用量の副腎皮質ホルモン剤が有効である。最近、イオパノ酸<注釈:胆嚢造影などに使用されるヨード含有造影剤>がアミオダロンによる甲状腺機能亢進症2型に対して副腎皮質ホルモン剤ほど効かないが、有効であることが報告されている(63)。さらに、イオパノ酸は甲状腺切除術を必要とするようなアミオダロンによる甲状腺機能亢進症1型にも効果的であることが報告された(64)

アミオダロンによる治療が開始される前に、慎重な甲状腺の触診、甲状腺機能検査、抗TPO抗体と抗Tg抗体の測定が行われるべきである。そして、患者が本剤を投与されている限り、甲状腺機能は6ヶ月毎にモニターすべきである【図2】
[リチウム]
自己免疫性甲状腺疾患を持っている患者では、リチウムは抗甲状腺自己抗体を増加させることがあり、潜在性または顕性甲状腺機能低下症になる可能性がある(65)。リチウムで長期の治療を受けている患者の抗甲状腺自己抗体陽性率は、10〜33%である(66)。さらに、長期のリチウム服用例で甲状腺機能亢進症が発症したという報告がある(67)。おそらく、甲状腺細胞に対するリチウムの効果に起因するかリチウムによって誘発された無痛性甲状腺炎によるものと思われる(68,69)
[インターフェロンαとインターロイキン2]
インターフェロンα療法を受けると、自己免疫性甲状腺を持たない患者でも15%が抗TPO抗体陽性または甲状腺機能異常が出現する(70)。インターフェロンα療法やインターロイキン2療法を受けている患者で抗TPO抗体が陽性になった場合、顕性もしくは潜在性甲状腺機能亢進症(バセドウ病)や甲状腺機能低下症になるかもしれない(71)。さらにインターフェロンαは、破壊性甲状腺炎を引き起こすことが報告されている(72,73)。インターフェロンαやインターロイキン2を使用中に甲状腺機能亢進症になった患者に対しては、123I摂取率試験を行えば、薬物によるバセドウ病(123I摂取率が高い)と薬物による破壊性甲状腺炎(123I摂取率が低い)を鑑別することができる。

インターフェロンα療法を受けている患者でバセドウ病が発症したら、抗甲状腺薬で治療をすべきである。インターフェロンαまたはインターロイキン2で治療を続けながら、破壊性甲状腺炎の甲状腺機能亢進症期にはベータ遮断薬で治療することができる。また、非ステロイド系抗炎症薬または副腎皮質ホルモン剤で治療ができる。甲状腺機能低下症に対しては、レボサイロキシンで治療を行う。インターフェロンαやインターロイキン2治療を中止すると、通常、甲状腺機能は正常化するが、甲状腺機能異常を来した患者は将来、自己免疫性甲状腺疾患が発症する可能性が高い。インターフェロンαまたはインターロイキン2による治療を始める前に甲状腺機能検査と甲状腺自己抗体を調べるべきである。その後6ヶ月毎に甲状腺機能検査と甲状腺自己抗体をチェックしなければならない。
リーデル甲状腺炎
全身線維症の局所症状である(74)リーデル甲状腺炎は、線維症が周囲組織に及ぶ可能性のある甲状腺の進行性線維症である。この疾患の罹患率は、手術を必要としている甲状腺疾患患者の0.05%でみられるのみである。原因不明の疾患である。甲状腺自己抗体陽性は67%の患者でみられる。しかし、甲状腺自己抗体が線維性甲状腺破壊の原因かどうかは不明である。

リーデル甲状腺炎患者では、石のように硬く、可動性のない、痛みのない甲状腺腫を呈する。リーデル甲状腺炎患者は、気管や食道を圧迫する症状を自覚する。さらに、副甲状腺組織が線維症のために圧迫され副甲状腺機能低下症を呈することがある。大部分の患者で甲状腺機能は正常であるが、正常甲状腺組織がすべて線維化したら、甲状腺機能低下症に陥る。確定診断は、試験切開<注釈:手術で甲状腺組織を一部切除して、顕微鏡で診断する>によってなされる。病気の初期には副腎皮質ホルモン剤、メトトレキサート<注釈:免疫抑制剤>、タモキシフェン<注釈:商品名ノルバデックス─乳癌に使用されるクスリである>による治療が有効であることが報告されているが、最終的な治療は手術である。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 今までにも、自己免疫性甲状腺疾患については公開してきました。今回は、甲状腺炎についての最新情報です。

以下のページも参考にしてください。
医学の進歩:慢性自己免疫性甲状腺炎(慢性甲状腺炎または橋本病)[総説]
医学の進歩:バセドウ病[総説]
薬物治療:サイロキシン<注釈:チラーヂンS>治療[総説]
実地臨床:潜在性甲状腺機能低下症
疾患のメカニズム:甲状腺疾患におけるTSHレセプター[総説]
産後甲状腺炎
<質問と回答集>慢性甲状腺炎
<質問と回答集>産後甲状腺機能異常
書籍の翻訳[A]甲状腺の病気:事実<第7章>橋本病
書籍の翻訳[A]甲状腺の病気:事実<第9章>亜急性甲状腺炎
書籍の翻訳[B]あなたの甲状腺:家庭用医学書<第3章>自己免疫の患者ガイド
書籍の翻訳[B]あなたの甲状腺:家庭用医学書<第7章>甲状腺の炎症
書籍の翻訳[C]甲状腺のことがわかる本<第3章>自己免疫疾患
書籍の翻訳[C]甲状腺のことがわかる本<第4章>甲状腺炎:甲状腺の炎症
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参考文献]・[もどる