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分化型甲状腺癌<注釈:乳頭癌と濾胞癌を総称して分化型甲状腺癌という>は、男性に比べて女性で2倍多く、診断されたときの年令は平均45才である。ヨード不足地域では、乳頭癌に比べて濾胞癌の頻度が高い。頸部放射線外照射を受けていると(特に小児期)、1Gyあたり甲状腺癌の危険率が3〜9倍に増える(25)。チェルノブイリ原発事故で、放射線被曝した地方では特に小児の甲状腺癌(乳頭癌)の頻度が3〜75倍に増え、そのような症例では甲状腺癌は悪性度が高い(26)。分化型甲状腺癌は、家族性腺腫様ポリープ症<注釈:家族性腺腫様ポリープ症(FAP)は、大腸に腺腫様ポリープが多発し、比較的若年者で大腸癌になることがある常染色体優性遺伝疾患です。同じくポリープは、上部胃腸器官系において生じ、そして、悪性腫瘍は、脳、及び、甲状腺を含む他の部位で発生するかもしれません。役に立つ診断の特徴は、網膜色素、顎包嚢、皮脂嚢腫などです。5q21のAPC遺伝子は、FAPにおける突然変異体です>、ガードナー(Gardner)症候群<注釈:Gardner症候群(家族性大腸腺腫症):大腸全域に多数(100個以上)の腺腫が発生し、放置すれば40歳までにほぼ100%癌化する常染色体優性の遺伝性疾患である。1950年Gardnerらの報告以来、大腸腺腫症に骨腫と軟部腫瘍の3徴候を有する症例はGardner症候群と呼ばれ、随伴病変を伴わない家族性大腸腺腫症(大腸腺腫症)とは区別されていた。その後、本邦を中心とした上部消化管病変、顎骨病変の詳細な検討により同一疾患であると推定されていたが、1991年ついに両疾患で同一の病因遺伝子(APC遺伝子)が同定された>、コーデン(Cowden)病<注釈:Cowden病は全身に腫瘍性、過誤腫性病変を生じる常染色体優性の遺伝性疾患であり、1963年LloydとDennisが報告した患者名より命名された。顔面多発丘疹、口腔内乳頭腫症を特徴とすることから、これまで主に皮膚科領域で報告されていた。しかし、近年の消化管検査の進歩と普及により消化管ポリポーシスが主要徴候として認識されるに至り、新たに遺伝性過誤腫性消化管ポリポーシスの範疇に分類されている。中年期以後に悪性腫瘍の発生が約40%に認められており、特に女性では乳癌の合併が高率である>の症状として出ることもある。家系で一親等に2人以上の非髄様癌患者がみられる頻度は、乳頭癌患者の5%である(27)。このような家族性乳頭癌症例は、悪性度が高い傾向にあると考えられている(28)。家族性乳頭癌は、染色体1番長腕(1q21)、染色体2番長腕(2q21)、染色体19番短腕(19p13.2)と関連している(29)。
濾胞細胞の腫瘍化は、他の部位の腫瘍化と共通するいくつかの過程が推測されている。乳頭腫瘍では、前腫瘍細胞のみられないことが乳頭癌になる過程の同定を妨げてきた。乳頭癌では、RET遺伝子(以前はPTC遺伝子と言われていた)の転座(配列異常)と細胞内のチロシンカイネース(tyrosine
kinase)の活性化調節障害が、特に放射線被曝後に起こる乳頭癌発生の最初のステップと考えられている(30,31)。乳頭癌を引き起こす他の要因は以下である:TRK
kinaseやMAP kinaseのようなtyrosine kinase以外の細胞内kinaseの過剰発現、DNAの過剰メチル化により腫瘍抑制遺伝子が減少する、RAS遺伝子の突然変異、細胞周期の調節異常(32-34)。一方、濾胞癌では良性腫瘍から癌になることはほとんどない。濾胞腺腫では、RAS遺伝子の突然変異はよくみられる現象である。RAS遺伝子の突然変異は、遺伝子の不安定性、遺伝子の対立性の欠如、遺伝子転座の変異の危険性を高める(35-37)。
分化型甲状腺癌に対するいくつかの臨床病理学的なステージ分類があるが(38-45)、TNM分類(T;
癌の大きさと深達度、N; 関連領域のリンパ節転移の有無、M; 遠隔転移の有無)が甲状腺癌による死亡と関連があり、一般的に一番推奨されているステージ分類である(45,46)。癌の大きさや甲状腺外への浸潤などのような予後に関して重要である組織学的な所見がみられた場合には、病理医はそれらの所見を報告する必要性を認識している(47,48)。予後が悪い組織型としては、長形細胞乳頭癌、円柱形乳頭癌、好酸性細胞(Huthle細胞)濾胞癌、低分化型濾胞癌がある(49)。 |
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ほとんどの分化型甲状腺癌の初回手術としては、甲状腺全摘術が好んで行われる【図3】。この治療法は、以下の点により支持されている。1]乳頭癌の60〜85%では、甲状腺両葉に乳頭癌がみられるという事実(50)、2]片葉だけの切除の場合には、5〜10%で対側甲状腺に再発がみられるという事実(51)、3]できるだけ多くの甲状腺組織を切除した場合、術後の放射性ヨード治療の効果が期待でき、再発のマーカーとしてのサイログロブリン(Tg)の有用性が高まる。1,685例の低リスク分化型乳頭癌患者の後ろ向き研究によると、20年間経過をみた場合、甲状腺葉切除術では22%が再発したのに対し、甲状腺全摘術では8%が再発したに過ぎない(52)。生存率は報告により様々であるが、どの研究者も甲状腺全摘術を行うと再発率は低下すると報告している(44,53-55)。残置量を5g以下残す甲状腺亜全摘術は、上で述べた3つの問題点を一つも解決していないために、最近では、なるべく甲状腺組織を多く切除する傾向にある。
一方、甲状腺葉切除術を支持する意見は、甲状腺全摘術をしてもそれほどの利点がみられないという事実や甲状腺葉切除術では術後副甲状腺機能低下症、反回神経麻痺などの後遺症の危険性が低い事実などを理由に挙げる(56)。465例の低リスク分化型甲状腺癌を対象とした研究で、甲状腺葉切除術を受けた276例と甲状腺全摘術を受けた90例の後遺症の発生頻度はそれぞれ13%、8%であり、再発率はそれぞれ4%、1%である(57)。
ほとんどのガイドラインは乳頭癌で直径が1cm以上の場合、特に甲状腺外へ癌細胞が浸潤している場合や遠隔転移のある場合には、甲状腺全摘術が適切であると述べている(7-9,11)。甲状腺全摘術は、頸部への放射線被曝の既往がある患者で乳頭癌になった場合にも行われることが推奨されている。放射線被曝の既往がある乳頭癌では、病変が多発性であり、再発率が高いという特徴があるために、甲状腺全摘術が適しているのである。熟練した甲状腺専門外科医がいない場合は、甲状腺亜全摘術を受けるより主治医に適切な甲状腺専門外科医を紹介してもらうべきである(58)。甲状腺内に留まっている直径が1cm未満の乳頭癌の場合は、甲状腺葉切除術でも十分であるかもしれない(58)。濾胞癌では、癌が多発性でないという事実から甲状腺全摘術は必要ないという考えもあるが、術後の放射性ヨード治療を行うためには甲状腺全摘術を行う方が適切であるとガイドラインでは勧めている(7,9,11)。穿刺吸引細胞診で疑わしい濾胞性腫瘍は、峡部切除を伴う甲状腺葉切除術を行うべきである。そして、組織診断で悪性という結果が出たら、後日、残った甲状腺を全部切除するべきである。
乳頭癌では、顕微鏡的な小さなリンパ節転移は80%の症例でみられるが、手術時に肉眼的にリンパ節転移がみられるのは約35%にすぎない。濾胞癌では、好酸性濾胞癌では頸部リンパ節転移はよくみられるが、通常の濾胞癌では頸部リンパ節転移は稀である(59)。9つの研究のメタ分析では、頸部リンパ節転移と生存率には関連性はないが、いくつかの研究では頸部リンパ節転移と局所の癌の再発率には関連性がみられると述べている。しかし、別の治療成績を判断基準とした場合、頸部リンパ節転移後に癌が局所再発したら、死亡率は一気に高くなる(61)。ある後ろ向き研究で、甲状腺全摘術だけを受けた場合は、51%が頸部リンパ節に再発がみられるのに対し、甲状腺全摘術と側頸部、前気管支および傍気管支リンパ節郭清を行った場合、頸部リンパ節の再発は18%にみられるのみである(62)。乳頭癌や好酸性濾胞癌で明らかに頸部リンパ節転移がある場合、同側側頸部と前気管支および傍気管支リンパ節郭清を行うとリンパ節の再発は減少するかもしれない。もし、気管や食道に癌が浸潤している場合、気管と食道を切除しても癌細胞だけを切除しただけでも生存率は同じであり、どちらの術式でも顕微鏡的な癌細胞の浸潤を切除できる(63)。甲状腺の外に広範囲に浸潤している場合は、できるだけ気管、声帯、食道を温存するように努力するべきではあるが、癌は可能な限り切除すべきである。 |
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初回手術後、追加治療を行うことで生存率を延ばし、顕微鏡的な癌細胞の取り残しや転移巣を破壊することによって生活の質を上げることができる。放射性ヨード(131-I)が正常濾胞細胞や分化型甲状腺癌に取り込まれる性質を利用して放射性ヨード治療は、長年、初回手術後の追加治療として支持されてきた(64)。131-Iが濾胞細胞や癌細胞に取り込まれると、ベータ線による強いエネルギーにより細胞を破壊する。ガンマ線を検出することで、シンチにより癌細胞や濾胞細胞への取り込みをみることができる(65)。取り残した甲状腺組織を破壊するために、術後の追加治療として放射性ヨード治療を行う理論的根拠は次の3つである。1]顕微鏡的な癌細胞を破壊するため、2]取り残した正常甲状腺組織を破壊することで、術後に行う放射性ヨード(131-I)シンチで転移巣の検出率を向上させるため、3]分化型甲状腺癌の再発のマーカーとしてのサイログロブリン(Tg)の精度をあげるため。今までの研究をまとめると、術後に放射性ヨード(131-I)治療を行うことで、直径1cm以上、多発性、軟部組織への浸潤がみられる分化型甲状腺癌の死亡率を減少させることが分かっている(43,44,53,66)。癌組織を完全に切除できなかった症例や遠隔転移のある症例では、術後の放射性ヨード(131-I)治療が推奨される。一方、甲状腺外への癌浸潤や遠隔転移がない直径1cm未満の分化型甲状腺癌症例では、術後の放射性ヨード(131-I)治療は一般的には行われない。
術後、放射性ヨードを最大に取り込ませるためには、血清甲状腺ホルモンが低下して血清TSHが25〜30mU/L以上に増加する必要がある(67)<注釈:術後、甲状腺機能低下症になるのを待つのである>。サイロキシン(T4)の血中半減期は7日であるので、放射性ヨード治療に適する甲状腺機能低下症の状態になるのに約4〜5週間を要する<注釈:この4〜5週間は甲状腺機能低下症のために患者はつらい思いをする>。T3はサイロキシンに比べると血中半減期が短いので<注釈:T4血中半減期の1/20である>、術後からT3(チロナミン)を服用すると、放射性ヨード治療の2週間前に服用を中止すればいいので、甲状腺機能低下症の期間を2週間に短縮できる(68)。甲状腺内のヨード過剰は放射性ヨードの取り込みを抑制するので、放射性ヨード治療の2週間前からヨード制限をする必要がある(69)。また、ヨード造影剤を使用すると、1〜3ヶ月間にわたって放射性ヨードの取り込みが抑制される。ヨード摂取は、尿中ヨードを測定することで確かめることができる。
残置甲状腺を破壊または治療する前、癌細胞の取り残しや遠隔転移をみつけるために行う全身シンチが、放射性ヨード(131-I)37〜185MBq<注釈:1〜5mCi>を投与して行われる。ほとんどの場合、このときの全身シンチでは、正常甲状腺が残っているために放射性ヨードは、正常甲状腺に取り込まれる<注釈:治療量の放射性ヨードを投与すれば、正常残置甲状腺組織は破壊される>。しかし、全身シンチに使用する少量の放射性ヨードが、治療量の放射性ヨードを投与する際に取り込みを抑制することが、昔から知られていた(70,71)。この現象をスタニング(気絶)と呼んでいる。エネルギーの少なく甲状腺組織にダメージを与えない123-Iを全身シンチに使用すれば、診断率は変わらないで、スタニング(気絶)を予防できるかもしれない。しかし、遠隔転移がはっきりしない場合、放射性ヨード治療前に行う全身シンチの有用性について疑問視する考えもある。残置甲状腺を破壊する前に行う全身シンチは必要であるという点では、ほとんどのガイドラインは一致した考えを示している(7,9)。術後、行った全身シンチで正常残置甲状腺組織がある場合には、経験的に2,778〜5,556MBq(75〜150mCi)を投与しているが、1,074MBq(29mCi)という少ない量を投与することもある(73,74)。術後の全身シンチで検討すると、経験的に2,778〜5,556MBq(75〜150mCi)を投与した場合、約80%の症例で正常残置甲状腺組織を破壊できる。正常甲状腺組織を残した手術後では甲状腺全摘術後に比べて、正常残置甲状腺組織を破壊する比率が低下する(73,75)。1,074MBq(29mCi)という少ない量を投与した場合の生存率や再発率については、ほとんど情報がない(44)。経験的投与量の他に、甲状腺組織に最低30,000cGy(rad)が照射されるように投与量を決めるやり方もある(76)。放射性ヨードの線量測定を数回行わなければならないが、正常残置甲状腺組織を破壊できる有効率は改善する(77)。癌組織が大きいか、正常残置甲状腺組織が大きい場合(摂取率が5〜10%以上あるとき)には、放射性ヨード治療を行う前に、再手術を行ってそれらを切除するべきである。通常、放射性ヨード治療を行って数日後に、全身シンチを行う。この放射性ヨード治療後の全身シンチは、術後に行う全身シンチに比べると遠隔転移を見つけだす可能性が高くなる。これは、投与する放射性ヨードの量と直接関係する(70,77)。遠隔転移が証明できれば、これから数回にわたって放射性ヨード治療を行うことになる(77)。
甲状腺機能低下症の治療にためと内因性のTSHによる甲状腺癌細胞の増殖を最小限に抑えるために、患者は一生涯甲状腺ホルモン剤を服用しなければならない。TSHを抑制する量の甲状腺ホルモン剤を服用すると、特にリスクの高い症例で生存率を2〜3倍改善することが報告されている(78,79)。しかし、TSH抑制するために過剰の甲状腺ホルモン剤を投与すると、骨粗鬆症(80,81)、心房細動(82)、心臓肥大、心不全を引き起こし、生活の質を損なう可能性がある(83)。TSH抑制療法を行う場合、医師は癌再発の危険性と甲状腺ホルモン剤の効き過ぎによる危険性を考慮に入れて治療するべきである。術後、少なくとも数年間はリスクの少ない症例では、血清TSHは0.1〜0.5mU/Lの間にもっていくように甲状腺ホルモン剤を調節するべきであり、リスクの高い症例では血清TSHは0.1mU/L以下に抑制しておきべきである(8,11)。全ての症例で、血清TSHは0.1mU/L以下に抑制しておきべきであると主張している研究者もいる(7)。
まだ多くの人が認めているわけではないが、45才以上で一部甲状腺外に浸潤している乳頭癌症例において術後の放射線外照射が、再発率を低下させると報告している2つの研究がある(84,85)。しかしながら、これらの研究は濾胞癌の治療成績については述べていない。術後の放射線外照射は、45才未満の患者には効果は期待できないし、高齢者では放射線による食道や気管の炎症が起こりやすい(86)。甲状腺外に浸潤してる症例、取り残しが予想される症例、食道や気管に浸潤している症例に対しては、40〜50Gy(4,000〜5,000rad)を頸部に照射することが推奨されてきた(7,8,9)。 |
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放射性ヨード治療による正常残置甲状腺組織を破壊した後、全身放射性ヨードシンチを6〜12ヶ月毎に行うべきである。放射性ヨード治療による正常残置甲状腺組織を破壊した後の全身放射性ヨードシンチが異常集積を示していない場合、10年生存率は約90%である。初回と2回目がともに異常集積を示していない場合、10年生存率は95%以上である(87)。ガイドラインでは、臨床的もしくは検査で再発が疑われる症例でのみ、6〜12ヶ月毎に全身放射性ヨードシンチを行うことを勧めている(7,8,9)。
超音波検査は、直径数mmの大きさの再発やリンパ節転移を検出できる(89)。超音波は、リンパ節の形、大きさ、エコー強度などから頸部リンパ節転移かどうかを診断できることもあるが、超音波ガイド下穿刺吸引細胞診を行い、診断を確実に付けることが望ましい(89)。甲状腺外に浸潤していた症例や頸部リンパ節転移していた症例では、定期的な経過観察に超音波を行うべきである。超音波による経過観察はすべてではないが(7)、いくつかのガイドラインでは推奨している(90,91)。頸部再発に対して、CT、頸部X腺、MRI、FDG-PETは通常の経過観察としては使用されない。頸部CTは、超音波ほどの精度はないが、検査法が確立しており、検者によって結果が異なることがない。頸部X腺は、診断率が低く、特に顕微鏡的なリンパ節転移は分からない。しかし、触診で触れて、放射性ヨードを取り込まないリンパ節転移は分かる。FDG-PETは転移性病変の検出には有効性が証明されているが、甲状腺癌の経過観察に有用かどうかはまだ証明されていない(92)<注釈:最近、アメリカ甲状腺学会は甲状腺癌の診断、経過観察、再発の検査として、FDG-PETが有用であるという証拠はないという見解を表明した>。
甲状腺濾胞細胞で産生されるサイログロブリン(Tg)は、血清濃度を測定することで、癌の取り残し、再発、遠隔転移を診断できる(93)。甲状腺全摘術と術後の放射性ヨード治療後には、血清サイログロブリン(Tg)は測定感度以下である。甲状腺全摘術と術後の放射性ヨード治療後1〜3ヶ月以内に血清サイログロブリン(Tg)は最低値になる。ときとして血清サイログロブリン(Tg)が測定感度以下になるのに1〜2年かかることもある(94)。ゆえに、血清サイログロブリン(Tg)が高くなったときには、機能している甲状腺濾胞細胞が存在しているか癌の再発があることを示している。血清サイログロブリン(Tg)を評価する場合、全身シンチのときと同じように、甲状腺機能が低下してTSHがある程度増加していることが必要である。甲状腺全摘術が不十分か、術後の放射性ヨード治療が不十分な場合には血清サイログロブリン(Tg)の診断価値は低くなる(95)。甲状腺ホルモン剤を中止していれば、血清サイログロブリン(Tg)が再発や遠隔転移を診断できるのは85〜95%であるが、甲状腺ホルモン剤を服用中であったり、低分化型甲状腺癌の場合には、再発や遠隔転移を診断できるのは50%に下がってしまう(10,96,97)。
最近のimmunometric assayによるサイログロブリン測定では、抗サイログロブリン抗体が陽性なら、測定系に影響を与え、実際の値より低めに出る(98)。以前行われていたサイログロブリンに放射性同位元素をラベルした測定法では、抗サイログロブリン抗体が陽性なら、実際の値より高めに出ていた(99)。抗サイログロブリン抗体陽性率は、甲状腺癌の患者で25%、健常者で10%である。この抗サイログロブリン抗体が陽性の場合には、血清サイログロブリン値は評価できない(93,100)。甲状腺全摘術と術後の放射性ヨード治療後もずっと抗サイログロブリン抗体が陽性なら、甲状腺組織が残っているか、再発の危険性があることを示している(101)。その有用性については疑問視されているが、血中サイログロブリンのメッセンジャーRNAを検出できる方法が開発されれば、甲状腺癌の再発のマーカーとして有望である(102,103)。
内因性TSHを刺激するためとサイログロブリンの産生を増やすために、甲状腺ホルモン剤を中止して甲状腺機能低下症にすることは患者にとって苦痛である。それを避けるために、最近、遺伝子工学で産生したヒトTSH-αを投与することで、甲状腺ホルモン剤を服用しながら放射性ヨード全身シンチが可能になった(93,97,104)。第2相の3つの臨床試験から、ヒトTSH-αを2回注射すると、従来の甲状腺ホルモン剤を中止して行う放射性ヨードシンチとサイログロブリン値は同じ効果を示すことが分かった。ヒトTSH-αにはほとんど副作用はなく、軽い頭痛と吐き気くらいである。多くの国で、ヒトTSH-αは認可されている。分化型甲状腺癌の治療後経過観察として、ヒトTSH-αを注射後にサイログロブリン値だけをみるやり方と全身シンチを一緒に行うやり方がある。ヒトTSH-αは、特に下垂体機能低下症の患者や甲状腺ホルモン剤を中止すると医学的な問題が生ずる可能性のある患者に有用である。ほとんどの遠隔転移のある患者は、ヒトTSH-αを注射すると血清サイログロブリン値が増加するので、血清サイログロブリン値だけみれば、従来の全身シンチは不要なものになる。ヒトTSH-α試験は、血清TSH値を抑制しているにもかかわらず、血清サイログロブリン値が低いながらも測定でき、明らかな遠隔転移の症状がみられない患者で威力を発揮する(108)。放射性ヨード治療を行うかどうかをみるために、ヒトTSH-α試験を受けて転移がみつかった場合は、その後、甲状腺ホルモン剤を中止し、放射性ヨード治療を行うべきである。現在、甲状腺ホルモン剤を服用しながら放射性ヨード治療が可能かどうかの研究は行われているところである。 |
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もし可能なら、直径1cm以上の頸部リンパ節転移を持つ患者でも、機能を温存する郭清術(Modified radical neck
dissection)が好まれて行われる(60)。遠隔転移がある場合には、転移巣を切除することで、生存率が向上することもある(109)。脳への転移巣が1つ以上ある症例では、手術による切除で生存期間が、平均4〜22ヶ月延びる(110)。特に骨転移例や脊髄圧迫例では、手術で切除することにより痛みが緩和され、生存期間も延びる(111)。
頸部リンパ節転移に対しては、放射性ヨード8,000〜10,000cGy(rad)を投与すれば、80%の症例で完全に破壊できるが、大きなリンパ節転移巣に対しては放射性ヨード治療は最善の治療とはいえない(76)。術後に甲状腺に取り残しの癌組織がある場合や頸部リンパ節転移がある場合には、平均5,556MBq(150mCi)の放射性ヨードを投与する。多数例の治療成績の報告や線量計算をした研究の結果に基づいて、経験的な投与量を決定している(112,113)。
肺転移に放射性ヨードが取り込む例は、5年生存率は60%であるのに対し、肺転移に放射性ヨードが取り込まない場合、5年生存率は30%である(114,115)。肺転移に放射性ヨードが取り込む場合、5,556〜6,481MBq(150〜175mCi)を投与することを推奨している。胸部X腺やCTで肺転移が検出されないが、放射性ヨードシンチでのみ小さな結節状の転移がみつかる症例が、一番予後が良い。放射性ヨードシンチで肺転移が検出できないで、胸部X腺において大きな結節状の転移がみられる症例の予後が一番悪く、放射性ヨード治療の効果も期待できない。乳頭癌の骨転移は、肺転移と同程度に放射性ヨードを取り込むが、転移巣の完治は10%以下であり、部分寛解は35%のみである(114)。濾胞癌は乳頭癌と比べて、骨により転移しやすいが、放射性ヨード治療が効きやすい。肺以外への転移例に対しては、経験的に7,407MBq(200mCi)を投与する。別な方法として線量を測定するやり方では、骨髄への被爆量が200cGy(rad)を越えず、48時間後の全身の放射線量が2,963〜4,444MBq(80〜120mCi)を越えないように投与量を決める(116)。転移巣に対する放射性ヨード治療は、転移巣の放射性ヨードの取り込みがなくなるまで6〜12ヶ月毎に行う。しかし、多くの医師は総投与量が18,519〜37,037MBq(500〜1,001mCi)を越えることを好まない(9,113,114)。 |
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法律的にはほとんどの場合、甲状腺癌に対する放射性ヨード治療は放射線被曝の点から病院に入院して行うようになっている。見舞客の面会時間の制限、ディスポの食器、鉛の遮蔽なども実行されるべきである(113)。早期に起こる放射性ヨード治療の副作用は、放射線性甲状腺炎、痛みを伴わない頸部の腫れ、唾液腺炎、腫瘍の出血と浮腫などである。晩期に起こる放射性ヨード治療の副作用は稀で、肺転移例の治療後に起こる肺線維症、急性骨髄性白血病、膀胱癌、唾液腺の癌、大腸癌、乳癌などが報告されている。これら報告されている癌と放射性ヨードの関連性は証明されていないが、関連性はあってもほとんど問題にならない程度のものである(117-119)。精子数減少や一過性の卵巣機能低下が起こることもあるが、放射性ヨード治療を受けた症例で閉経が早くなったという証拠はないので、投与量が多いと卵巣機能を損なうという結論も出せない(120-122)。放射性ヨード治療後に出産した児に奇形が多いという事実もないが、多くの専門家は放射性ヨード治療を受けてから6ヶ月間は避妊するように勧めている(8,121)。
癌の浸潤が著しく切除不能の大きな腫瘍や頸部リンパ節転移に対しては、放射線外照射をすることで効果がみられることもある。ある研究では、5年生存率が約65%であった(84)。もし骨転移病変に対して手術による切除ができないときは、痛みや骨折の危険性がある症例では保存的治療として放射線外照射を行うべきである。照射量は計50Gy(5,000rad)を25回分割で、転移巣に照射するが、脊椎への転移例に対しては、照射量を少な目にすることが望ましい(86)<注釈:脊髄への被爆を許容内に留めるためである>。
遠隔転移症例に対する抗癌剤の効果は、十分に研究されていない。今までに発表されている10の研究をまとめると、放射性ヨード治療が無効な分化型甲状腺癌症例にドキソルビシン<商品名;アドリアシン>を投与すると約40%で何らかの効果がみられるが、効果は不十分で一時的である(123)。推奨されている投与量は、3週間毎に60〜75mg/m3である。他の抗癌剤も単独で試されたが、どれも効果はなかった。単独投与と比べて、複数の抗癌剤を併用すると副作用が出やすく、重篤なものになる。試験管内で甲状腺癌細胞にダメージを与える薬剤としては、tamoxifen、octreotide、TNP-470、paclitaxelなどがある。しかし、一般的に現時点では、抗癌剤も含めた化学療法が遠隔転移例に対して有効であるという証拠はない。現在使用している抗癌剤以外で新しい薬剤の開発が望まれる(9)。 |
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小児の分化型甲状腺癌は稀であり、この疾患に対する適切な治療法についての報告は数少ない。ある研究では(124)、小児期に分化型甲状腺癌と診断された患者の25%は再発し、6%は甲状腺癌のために死亡する。頸部放射線外照射の後遺症として、数十年後に気管壊死や頸部肉腫が発生し、3%はそのために死亡する。小児の分化型甲状腺癌は甲状腺内に多発性に癌ができやすいこと、リンパ節転移しやすいこと、遠隔転移を起こしやすいという特徴のために、甲状腺全摘術、頸部リンパ節郭清、術後の放射性ヨード治療を行うことが勧められている。大人になって再発したり、病気が悪化する危険性が高いので、一生涯にわたる経過観察が正当化される。 |
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